昼間の都内。
ありすは来日したジェイムズに会うために、助手席に赤井を乗せて車を走らせていた。

「赤井さんと平和にドライブっていうこのシチュエーションがすでに違和感ですよね」
「そうだな、ありすの練習に付き合わされた時は散々だったからな」

免許取得したその日、赤井さんを助手席に乗せた時のことを思い出して、ありすは唇を尖らせる。
確かに、当時の私は決して運転が上手いとは言えなかった。だけど、この人だって…

「あぁ、赤井さんのこと優しい人だと勘違いしてたあの時の私にもし会えるなら、中身は鬼だぞ悪魔だぞって忠告してやりたい…」
「あの頃のありすは純粋無垢だったからな、うまくやるのは簡単だったさ」

「…昔は騙しやすいと思われていて、今は純粋じゃないって言われているんですから、これ怒ってもいいですよね」
毒気を消してにやりと笑うその横顔がすでに腹立たしい。
けれど、左から眺めるその景色にありすはどこか懐かしさも感じていた。


「それにしても赤井さん、左ハンドル左車線ってこの上なく運転しづらいんですけど」
「ありすが運転したいって言いだしたんだろ」
そう、確かに私は今回赤井さんの車を運転させてほしいと頼んだ。

「だって、どうせそのうち、この車運転しろって急に言いだすんですから。しかもそういう時は赤井さん銃構えてるし、こっちは相手に狙われてるだろうし…」
「また俺はありすの練習に付き合わされているって訳か」
「いいじゃないですか、今日ぐらい。…後悔先に立たずってことで」


『あのとき…だなんて、そんなの1度で十分です』
ありすは心のなかで呟き、ハンドルを強く握りしめたとき


「いくらでも付き合ってやるさ、そのくらい」

予想だにしていなかった答えに驚いて助手席へと振り向くと、赤井はただ遠くを見つめていた。



 ******



「…あ、発見。赤井さん、追いつきましたよ」
「あぁ、そのようだな」

紆余曲折があったものの、ありす達はジェイムズが拘束されているであろうパトカーの後ろを走行していた。
「ひとまず、このまま気づかれないように追跡します。奪還は機会を伺ってからで」
「いや、俺らが手を出さずとも片はつくさ」

言い放しで押し黙るつもりの赤井に気付き、ありすの眉間に小さな皺ができる。
「…赤井さん、いつも説明が足りないんですよ」
赤井が根っからの個人行動タイプだということは理解している。しているが、せめて同じミッションではちゃんと説明して欲しい、といつも言っている筈なのだが…
相変わらずのマイペースにありすは溜息を零した。



「...つまり、バスジャックのときの少年もこの車を追っていて、彼がこの事件を解決してくれるかもしれなから確認したい、と。わかりました、ひとまず大人しくしておきます」

赤井さんの話を整理しつつ、ありすは先日のことを思い起こす。
あの時、車内に取り残された女の子を抱きかかえてバスから飛び出した勇気ある少年のことは強く印象に残っていた。
あの状況で恐怖に打ち勝つ彼の行動は常人には到底選択できないもので――あれは正義感と若い故の無鉄砲さで説明できるものなのだろうかとありすは思案する。
さらにジョディの少年に対する高い評価についても気になるところはあるが…

「ところで、左ハンドルには慣れたか?」
「え、あぁ、はい。やはり右ハンドルよりは扱いやすいですね」

突然の赤井の問いかけに、ありすは面食らう。
意外だったが、どうやら余計な話をするくらいには、事態は楽観視できるらしい。
それは、人質がジェイムズだからなのか、相手が組織の人間ではないからなのか、それとも”彼”の活躍を期待しているのか…

それならば、とありすはすこし気になっていたことについて、話してみることにした。
「赤井さん、ジェイムズはそもそも何故サーカス会場なんて…」
あれ?赤井さん、ジェイムズ…ジェイムズ、さん?赤井さんがさんづけだから、ジェイムズもさんづけが適切なんだろうけど、なんか違和感。うーん。

ありすの思考が脱線したことを察して赤井が苦笑した頃、
「…ターゲットから離れますね」
バックミラー越しに複数のパトカーがやってきたのを視認し、ありすはアクセルを踏み込んだ。



******



事件は赤井の予言通り、本物のパトカーを引き連れた少年によって収束となった。

「赤井君、ありす。ドライブに付き合わせて悪かったね」
「いえ…では、都内に向かいますね」

程なくして後部座席にジェイムズが乗り込むと、ありす達はそっとアクセルを踏み込む。


「さすがですね、とっさにあんな暗号を思いつくなんて。いつ気づいたんです?彼らが偽刑事だと」
赤井がジェイムズに声をかける。先ほどまでの柔らかな雰囲気がスッと消えるのをありすは感じた。

「気づいたのは、彼らが私に当たり前のように日本語で話しかけてきたときだ。彼らが刑事で、しかも日本語を話せる外国人だと知っているなら、最初に名前くらい確認するはず。だからわかったんだ、私の正体を知りながら、知らないふりをして近づいてきた、怪しいやつらだとね。まぁ、人違いだったようだが。

…しかし驚いたよ。君があの長い髪をバッサリ切るとはな」

バックミラーに視線を向けると、ジェイムズは表情からも意外な様子を滲ませている。

「験直しですよ、恋人に振られっぱなしのもんでね」
「それで?わざわざ私を呼び寄せたのだから、その恋人とはよりを戻せそうなのか?」


「えぇ、後悔させてやりますよ…私を振ったことを、血の涙でね」

そう告げた赤井さんはありすの隣でにやりと、背筋の凍るような笑みを浮かべた。




不測のドライブ
彷徨う、それぞれの想いをのせて
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