――ピンポーン

ある日の夕方、そろそろ夕飯の支度をしようかと考えていたころ。
玄関を開けるとまた、笑顔の安室さんが立っていた。

「如月さんこんばんは! 肉じゃがのおすそ分けです」


「えぇっ…」
ありすが驚いて安室さんの手元を見ると、そこそこ大きな両手鍋。

「この前、肉じゃががカレーになったと聞いたので」
鍋いっぱいの肉じゃがと満面の笑みを浮かべる安室さんを見比べて考える事数十秒。

「安室さんの今日の晩御飯ってなんですか?」
「勿論、肉じゃがです」
「…それだけ?」
「これだけです」

「…晩御飯は焼き魚にしようかと思ってるんですけど、食べます?」



******



「準備するんで、座ってちょっと待っててください」
「はい。すみません、なんかまたお邪魔しちゃって」

数時間前、スーパーで鮭1切れと鮭3切れのパックを見比べていた時のことを思い出し、多いほうにしていて良かったと内心安堵する。
ただ、相変わらずの人懐っこさはこの人のキャラなのだろうか。

「成り行きとはいえ、ありすさんの手料理が食べれるなんて、僕はむしろラッキーです」
「あはは、ただ焼くだけですけどね…」

ありすは苦笑いを浮かべつつ、どこか確信のようなものを深めていた。前回から薄々気づいていたけど、あのケーキの数といい、肉じゃがの量といい、この人絶対わざとやってる…!


「鮭にごはんにお味噌汁とおひたしですか」
「安室さんの肉じゃがもありますよ」
「こんなに豪華な食事は久しぶりです。一人暮らしだとどうしても、手抜きでメイン1品だけになりますから」
安室さんに謀られたとはいえ、こんなにあからさまに喜ばれるとなんだか悪い気もせず、ありすのいただきましょうか、を合図に夕食がはじまった。

鮭と味噌汁、そして作り置きのおひたしをひとくちずつ確認する。ひとまず味は問題なさそうだ。
目の前の安室さんも、美味しいを連呼しながらニコニコと食べてくれているのを見て、ありすは内心ほっとする。

ほっとしたら、ちらちらと視界に入ってくる、肉じゃが。
ありすは覚悟を決めると、じゃがいもをひとつ口に放り込んだ。
「あ、美味しい…」
気が付けば安室さんがこちらをじっと見つめていて、ほんとですか?よかった!そう言って笑った。

「私、実は肉じゃが苦手だったんです」
「ええっ、」
「わがまま言って姉を怒らせちゃったときの夕食が肉じゃがだったから、それからなんか気が進まなくなっちゃって。でも、こんなに美味しいんだったら、もっと早くに食べていればよかった」



そう、あの日。姉に泣いて追い縋ったあの日の夜。
姉の肉じゃがを泣きながら食べ、帰りを待っていた私の元へ来たのは、警察。そして…


「初めまして。FBIよ、あなたを保護しに来たわ」


******



ありすにお礼を告げて自室に戻った安室は、テーブルに無造作に置かれていた封筒を手に取る。
お裾分けを理由に彼女の家にあがりこんだのは、お姉さんのことについて訊いてみたいという、ほんの好奇心だったが、肉じゃがを食べて悲しそうに笑う彼女に安室はこれ以上何も訊くことができなかった。

「また、次があるさ…」
そうつぶやきながら封を切り、中の写真を確認した瞬間、安室は思わず息を飲む。
「俺の記憶以上に、そっくりだ…」

20年前、当時小学生の安室の隣で微笑む女性は、何もかもが如月ありすにそっくりだった。




過去への記憶
それは、あの日へと一瞬で戻れる魔法
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