赤井さんと別れたありすはマンションへと戻る。
エレベーターから降りると、ちょうど部屋に戻ろうとしている安室さんに気付いた。
安室さんに心配、いや、気付かれてはいけない。
そう思い、ありすは精一杯の明るい声と仮初めの笑顔でごまかす。
「あ、安室さん!こんばん――」
ありすの声に安室さんが振り返り、そして大きく目を見開く。
次の瞬間、勢いよく閉められた扉の傍に、安室さんはもういなかった。
******
最後の気力を振り絞って、赤井さんと大学には連絡した。そのお蔭でここへは誰が訪ねてくる訳でもなく、いつしか外界と遮断された空間となっていた。眠って、おなかが空いたら適当に食べて、また眠る。朝も夜も関係なく、ただひたすらそんな生活が続いていた。
携帯が鳴る。カーテンから明かりが漏れる時間、
着信元は『赤井さん』
「…はい」
「ありす、あれからどうだ」
「…いえ」
赤井さんはいつも鋭い。実際に、今一番訊かれたくない事を目の前で問われている。
だって報告できることおろか、今の私は生活すらまともにできていないのだから。
「そうか」
赤井さんは、私の返事で何かを察したようで、もうそれ以上訊こうとはしない。その代わりに
「ありす。今日の夜8時、外に出れるか?」
いつもとは違う、どこか心配そうな声だった。
******
赤井は約束の8時、マンションから程近い駐車場の車内でありすを待っていた。
運転席で腕を組み、強く目を閉じ、昼間かけた電話を思い出す。
あれから1週間程度経つが、あの様子だと、ありすが『創られた意味がない』と声をあげて泣いたあの日から、状況は改善していないようだった。
コンコン――
現れたのは、フードを被ってサングラスをかけた全身黒色のありす。
「お待たせしました、赤井さん」
フードとサングラス外して挨拶するありすの取り繕った笑顔に、無理が透けて見えていた。
助手席に座ったありすに、赤井はどのように本題を切り出そうか思案する。
「ありす、食事はちゃんと摂ってるのか?」
「一応、食べてます」
赤井はそうか。と答えて少し考えたのちに、ありすの目を見て切り出す。
「単刀直入に訊く。ありすはどうしたいか?」
「それはどういう意味で…」
ありすの目が彷徨い、困惑するのがわかる。赤井は話を続ける。
「あの出来事を整理しきれていないのは当然だろう。飲み込むには時間が必要だ。しかし、同僚との接見自粛が指示されている現状では、ありすには頼れる人間がいない」
ありすは静かに俯く。
日本に居てもいい、一時帰国してしばらく本部にいてもいい。
大学も不都合があれば退学、休学と選択肢は色々とあるし、条件さえ整えばジェイムズ達と行動する選択肢もある。勿論今のまま調査継続も。
「…お前の希望を聞かせてくれ、ありす。これからどうしたい?」
******
ありすは、返事を保留とさせてもらって帰路につくことにした。
混乱していることは自覚している。現に、あんなに切望していた逢坂の研究資料も、赤井さんに見せて以来一度も、触れることすらできていない。
こんな状態では仕事にならず…いっそのこと帰国するのも一つの方法かもしれない。
沈む気持ち。ありすがポケットに手を突っ込むと、カサリと音を立てる。
不思議に思って掴み取るとそれは、あの日貰ったキャンディ。
『星をつかめたので、如月さんにあげます』
あの日の笑顔を思い出してほんの少し心が軽くなる。
3日と空けずに何かと理由をつけて訪れる隣人。
けれど、最後に思い出したのは、
目を見開き、明確な意思で私を避けた姿――
硝煙の匂いを纏い、頬から血を流して廊下でうずくまっていた男性。
自分の事を探偵と言い、『如月ありす』のことを遠回しに探ろうとする男性。
そんな人を排除できることは良いことのはずなのに、
「…結局、私はひとりぼっち」
どうして、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
気付いた時には、既に
溢れる涙は何を意味しているのだろう