「靖代さん?」
「あら、ありすさん!」
「こんにちは。お買いものの帰りですか?」
ホラーの巨匠、岸田祐介の新作を購入するため本屋へと足を運んだ帰り道。最近よく行くラーメン屋で仲良くなった靖代さんと偶然出会った。手には、ピンクの大きな紙袋を抱えている。
「ああ。これ、郷里から名物のお菓子が届いたんで、お巡りさんにお裾分けしようかなと思って」
「お巡りさん、ですか?」
「そう。ひげもじゃのお巡りさん、3丁目付近で夜パトロールしているみたいで」
そういえば…ありすはつい先日のことを思い出す。
先週シャンプーがきれて急遽コンビニに行ったとき、2丁目で会ったお巡りさんのことだろうか。そう告げると、靖代は、そう、その人!真面目でとってもいい人よね。そう言ってはにかんだ。
******
「あ、お姉さーん」
「あら歩美ちゃん、こんにちは」
声のするほうへ振り向くと、遠くで手を振る少女。返事をした靖代さんの知り合いかなと思ったときに、私の見知った顔があることに気付く。
灰原哀、証人保護プログラムを断った少女と…バスジャックの少年。
もし、あのバス事件の時も一緒にいたのだとしたら、少年が助けた女の子は、灰原哀?
「こんにちは!…あのね、お姉さんは秋本靖代さんっていって、今は3丁目に引っ越したけど、前はうちのそばのマンションに住んでたの」
歩美ちゃんが少年たちに靖代さんを紹介する。どうやら面識があるのはこの二人だけのようだ。
「お姉さんはお友達とお買いもの?」
「いえ、ありすさんとはさっき偶然会ったのよ」
歩美ちゃんも大きな紙袋と、そして見知らぬ私の事が気になるらしい。
ね、と靖代さんに目配せされて、微笑み返す。
「こんにちは、歩美ちゃん。靖代さんがお裾分けに行くって言うからお話聞いてたところなの。
ひげもじゃで働き者の、とーっても素敵なお巡りさんに会いに行くんだって」
ありすの話に、歩美ちゃんが目をきらきらと輝かせる。
「わぁー、見てみたいなーその人!…ね!コナン君」
「…あぁ」
女の子は何歳でもこういう話大好きよね、と微笑ましく思ったけれど。
” コナン君 ” が興味を示すのは、少し意外だった。
******
結局、みんなで米花駅前の交番へと出向くことになったのだが、帰ってきたのは意外な答え。
「そんなお巡りさんはいない?!ひげもじゃで眼鏡のですよ?」
「えぇ、この交番は勿論、米花警察署にそういう警官は…」
靖代さんや子ども達だけでなく警官までもが困惑するなか、コナン君がやっぱり、とつぶやく。
「確か規則で制服警官はひげを生やすことが許されていない筈だ、つまりその人は、偽警官だ」
この言葉を聞いてありすは納得する、どうりでcool kidが興味を示す訳だ。
ただし、これといった事件も起きていない現状では、一応事情聴取で記録を残しておくことが精一杯といったところだろうか——
そんなことを考えているうちに、cool kidは躊躇することなく電話で高木という刑事を呼び出している。どうやら彼は警察にも顏が利くらしい。
さて、お手並み拝見。なんだか面白い展開になってきた。
「警察官でない者が警察官のふりをするのは身分詐称の中でも特に絶対に許されない犯罪行為なんです。秋本さんは、その男を何度も見かけてるんですね?」
高木刑事が再度確認すると、靖代さんは困惑した顏で頷いた。
「仕事の都合でこの1週間残業が続いて、昨日まで毎日終電で帰ってたんです、私。あのお巡りさんに初めて会ったのは、その残業が始まった日、月曜日の深夜でした。
終電で帰ってきて自宅のある3丁目に向かっていたら、夜道の女性の一人歩きは、物騒ですよ、十分気を付けてください。って。
次の日も、その次の日も。とにかくこの1週間、毎晩勤め帰りに、私はそのお巡りさんを見かけたんです。何日か前は、お年寄りのご夫婦にに付き添ってあげてました。そして昨夜は、酔った人を支えていました。それにありすさんもそのお巡りさんを…」
「えぇっ、ありすお姉さんも?」
一気に皆の視線が集まり、歩美ちゃんが驚きの声をあげる。
「はい。先週水曜日、時間は深夜24時頃。制服を着て懐中電灯を持って、ひとりで2丁目交差点のかどに。真面目そうなお巡りさんだったんだけどね…」
「なんか、聞けば聞くほどいい人だよねー」
「うん」
私の証言を聞いて、歩美ちゃんと元太君が顔を見合わせる。
「無理もないようね、本物だと信じても」
シェリーと呼ばれていた茶髪の少女の意見が、この場の総意だった。
「でも、何のためにその人、お巡りさんの振りなんかしてるんだろうね?」
コナン君の問いかけに、目的かぁ…と高木刑事が考えるような素振りをみせる。
結局、他にもその警官とあった人いるんだよね?というコナン君の発言をきっかけに、高木刑事は他の目撃者をあたることにしたようだった。
「秋本さん、その目撃者がどこの誰かわかりますか?」
「昨夜の酔ってた人はわかりませんが、ご夫婦のほうなら鉄龍で何度かお見かけしたことが…」
「…鉄龍?」
ありすが思わず聞き返す。鉄龍は靖代さんと知り合うきっかけになった店だ。
「えぇ、いつも窓際のカウンターで見かける、仲がいいご夫婦で、ありすさんもご存じだと思うんですが…」
「あのご夫婦のお名前は高柳さん、だったかと」
「その、高柳さんってどちらに?!」
高木刑事に詰め寄られ、ありすはそこまでは…と口籠る。だって、私も鉄龍でしかお会いしたことない。
「でも、鉄龍のご主人ならご存知かもしれませんよ、よくおふたりとお話されてますから」
******
高木刑事御一行は、仕込中の鉄龍へと出向いていた。
「このご主人、ちょっととっつきにくいけどラーメンはとっても美味しいのよ。だから私、よく食べに来るの。ほら、ここに」
そう言うと、靖代さんはベイカウォーカーの紙面を指差す。
「わー!ほんとだ!」
歩美ちゃんは知り合いが載っていることが珍しいらしく、驚嘆の声をあげて雑誌を見つめていた。その直後、たれを洋服に飛ばされて元太君に怒っていたけど。
結局、店の前をちょうど通りかかった高柳さんに話を訊いても、偽警官だなんて間違えでしょう。とっても親切な、やさしいお巡りさんでしたよ。という返答しか得られず、高木刑事もコナン君も腑に落ちない様子。
「はぁ、何者なんだろう、一体その男は…」
高木刑事が首を傾げながら店内に戻ると、「あ、高木さん」と交番から同行していた巡査が進み寄る。
「今通報がありまして、昨夜遅く、2丁目のビルで空き巣事件が発生していたようなのです」
「ああ。ここらで空き巣事件が連続してるって、言ってたよね、さっき」
「で、偽警官の正体が読めたんです。パトロールを装ってそいつは忍び込める家を物色し、盗みを働いていたんですよ」
至って真面目な顔の巡査に、光彦くんと靖代さんが反応する。
「泥棒?!」
「違います!あの人はそんな悪い事する人とは思えません」
「なら、一体どんな目的で、偽警官なんかを演じているんですか?!」
「あぁ、ちょっと新井君」
ヒートアップする新井巡査と靖代さんの間を、高木刑事が割って入る。
「違います、空き巣の犯人はきっと別にいると思います」
親切にされた靖代さんが庇いたくなるきもちはよくわかる。けれど何故…
「…自分はとにかく現場に。失礼します」
巡査が鉄龍を後にすると、靖代さんは深く息を吐いて俯く。
「とってもいいお巡りさんだと思ってたのに…」
「お姉さん…」
落胆する靖代さんに、歩美ちゃんが寄り添う。
「なるわよね、人間不信にも。じゃ、偽お巡りさん探し頑張ってー」
「え、灰原さんは?」
目をぱちぱちさせる元太君と光彦君を横目に、私はパス。そう言って彼女は店を出て行った。
Cool kid
冷めた少女と冴えた少年、そして無邪気な子ども達