差し込む光の眩しさに、ありすは目を顰める。
重い頭を抑えながらそっと瞼をあけると、目に映るのはいつもの寝室――寝室?!

ありすは飛び起きて周囲を見回す。
ここはいつもの寝室で、着ている洋服は昨日のもの。
寝起きのまだ廻らない頭で記憶を辿ると、断片的に思い出すのは。


昨日の夜は寒くて、だけどこの日じゃなきゃいけない気がして。
体調が万全ではないのに気力だけで待ち続けたせいで、だんだん身体が重く頭も痛くなって...待てど暮らせど来ない待ち人を待ち続け、最後は廊下の隅にうずくまっていたとき。
エレベーターの開く音と、安室さんの声が降ってきて...
薄れゆく意識のなか、私は彼に必死に問いかけると


そう、彼は確かに言ったんだ。

『ありすが望むなら』



安室さんの手を取ろうとした所までは覚えている。
そこで意識を失ったのだとしたら...部屋まで、安室さんが運んでくれたのだろうか。

ありすがふらふらとリビングへと足を踏み入れると、
ダイニングテーブルの上には達筆な字で書かれたメモがあった。


『鍵は郵便受けに入れておきます。
 080-XXXX-XXXX』



******



「ミルクティー、お願いします」
「...かしこまりました」

大学に程近い喫茶店。
豆だけではなく茶葉にも拘っているというこの店では、ジャズと共に緩やかに時が流れ学内の喧騒を忘れさせてくれる。控えめな灯りに照らされたカウンター越し、ありすの注文を受けたマスターが頷いた。

少し背が高く、それでいてふかふかな椅子に腰掛ける。
コポコポとコーヒーを淹れる音と、控えめに流れる4ビートに包まれながら、ありすは手帳に挟んだメモを取り出した。

彼はあの時微笑んで、手を差しのべてくれた。
私が望むなら、と。

ありすは右手のメモをじっと見つめる。
この番号に掛けたらもう後戻りはできない。けれどこのまま何もせずに己の無力さとただ対峙しつづけられる程、私は強くない。
そう、私にできることはひとつ...


視界の隅で、ことり、と音がなる。
目の前の気配に顔をあげると、カップに注がれたミルクティーが運ばれて、お待たせしました、とマスターが微笑んだ。

紅茶の華やかな香りを牛乳のまろやかな味が包み込み、全身にあたたかな甘さが染み渡る。
いつもよりほんのり甘いミルクティーは、きっと私の焦りに気付いたからだろう。
そんな小さな心遣いに、マスターの優しさが垣間見えた気がした。



「...ありがとうございました」

奥のテーブル席を立つ人の気配がして、マスターがレジへと向かう。
ひとりになったありすが覚悟を決め、再度メモへ手を伸ばしたとき。


「こんにちは、如月さん」

振り向くとそこには、紙袋を抱えた沖矢さんがいた。






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