柔造の非番に縁と二人でデートに出かけた。今日は見慣れた黒衣ではなくラフな洋服な彼だ。一般的には平日の今日でも京都は修学旅行の学生や観光客でにぎわっており、活気づいていた。縁は柔造と手を繋いで歩く。
 最近話題の俳優と、この映画でシンデレラになった女優のラブストーリーを見た。内容も面白いが、上映中いやに生々しいラブシーンがあって、終わった時二人の空気は微妙な物だった。
 二人はまだそういう関係に至っていない。柔造も男なのだから自分の物になった女をああしたいこうしたいという欲求はあるのだろう。眠りにつく時少し固くなっている時があるのを縁は知っている。婚約者としても、やはりした方が良いのだろうか。
 縁はちらりと柔造を盗み見た。予想外に目が合ってしまったが、ここで逸らすのはあまりに不自然だろう。曖昧に微笑みながら縁は聞いてしまうか聞くまいか考えあぐねていると、柔造が口を開いた。

「式は、いつがええやろか」
「そ、うですね…白無垢は暑そうだから…夏は嫌ですね。汗掻いてしまうのも嫌ですし」
「確かに、俺も夏は嫌やわ。京都の夏は盆地で死ぬほど暑いんですよ」

 結局切り出せなかった。その後たわいもない話をしながら、京都の街を柔造さんに案内してもらいながら、最後は鴨川のほとりに座る。肩が柔造さんの腕に触れるほど近い距離にいるのに、何だか遠かった。

「柔造さん、」
「ん?」
「私は志摩家に嫁ぎます。決められた結婚ではありますが、私は私なりに、精一杯貴方を愛そうと 好きになろうと努めてきました。柔造さんは私にはもったいないくらい素敵な人です。初めの内はあら探しをしてしまいましたが、良い所が見つかるばかりで欠点なんて見つからず。私は柔造さんに大切にして頂いて、とても幸せで光栄に思います」

 縁は言った。今はまだ、正直柔造さんのことを想っているのか否か分からないと。貴方を想う時間は当然同棲を始めて増えた。今何しているのだろう、どんなお勤めをしているのだろう。優しい彼のことだから、きっとモテるのだろう。廉造くんと金造くんはおしゃべりで口が軽いから、今までの武勇伝を教えてもらった。その時抱いたのが嫉妬心なのか、独占欲なのか、所有欲なのか。それすらもわからない。
 柔造さんは縁の手を握り、静かに聞いていた。縁が口を閉じると、彼はため息をつく。言おうとしていたことの半分近くを言われてしまったと。

「俺かて急に決まった結婚で、正直戸惑いました。ええとこのええお嬢さんを俺がもらってしもて、本当にええやろかって。お父もお母も気持ちがついていってないことなんて見抜いてるけど、決まっているもんやし、追いつくん待つって言うのが志摩家の意志みたいなものでした。俺は慣れた土地、慣れた家で暮らしてるから、今までの生活に縁さんが入って来ただけで、確かに変わりましたけどそない変わったわけと違います。けど、縁さんは違うやろ?全部変わって、味方も誰も居らんくなって、いつも笑ってはるけどほんまは辛いんやないかって」

 柔造さんは縁の完璧であろうとする決意など知らない。それを重荷に思いつつ、それが当たり前だと慣れてきているのも事実だった。柔造さんの気遣い、志摩家の皆さんの気遣い、それらは縁を心底大切にしているからこそ出来るもので、とても有り難く思っている。
 けれど京都に来るまでに、縁は全てを失ったに等しい。自分の世界を奪われ崩され、支えていた絶対的な支柱 自身もプライドもへし折られてきた。今まで縁が辛いことがあっても泣き言を言わなかったのは、こういった経験から少し自暴自棄になっているからだろう。所詮私はこの程度だと、私に残されているのは綾部家の娘である事実と志摩家の嫁である事実で、それを大切にしなければならないと、恥になってはならないと。どうせ逃げ道はないのだからと、無意識に縁は自分を追い詰めて首を絞めていることに気付かない。

「子供を産んで欲しいのなら、産みます。柔造さんがそういう立場であることも私は理解していますし、期待に応えたいとも思ってます」
「せやけど、そこは時間掛けても…」
「私が処女だったらそうしたでしょう。でも、残念ながら純粋無垢な生娘という訳じゃないんです」
「…縁さん、指輪見に行きましょう」
「えっ」
「縁さんがそこまで考えてくれてるんやったら、俺もそれに応えなあかん思ったんです。縁さん、俺と結婚して下さい。志摩になってください。そんで、幸せになりましょう」
「…はい」
「返事聞いといて今更ですけど、指輪 縁さんが満足出来るようなええもん買えるか微妙ですし、仕事柄外さなアカン時もありますけどええですか」
「一生ものなのでそれなりに良いものであれば何でも構いませんよ。一番は気持ちですから」

Afterword

あとがき

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