忌々しいくらい眩しい貴方


 正十字学園の前に黒塗りでスモークのかかった、明らかに高級な外車が停まった。この程度で騒ぐほど正十字学園の生徒たちは安い育ちでないが、開いたドアから出てきた少女の姿を認めると狂気乱舞した。

「入学式には参加しなくても良いって言われてたけど、私の存在が明らかになるのが先か後か、それだけじゃない」
「サボって友達作りに出遅れるのがイヤなだけだろ」
「お黙り彰。少しは修二を見習ったらぁ?大人しくって従順で、可愛げのないアンタとは大違いよ!」
「ほっとけ。つーか、これ。どうすんだよ俺たち」

 涼と彰と修二の周りには生徒たちが押し寄せていた。涼はふふん、と得意げに笑って「もちろん正面突破よ!」と高らかに宣言する。大体何故人気者が端の方をこそこそ歩かねばならないのだ。
 涼の容姿は優れている。黒く波打つ髪の毛のキューティクルは完璧で、均等の取れた顔立ち 長い睫毛やぱっちりした目 白い肌に色付く頬 スッと通った鼻筋に どこか妖艶な唇、華奢で控えめに主張する胸の膨らみ すらりと長い足 きっちりくびれた腰。
 涼は今や女子ならば知らない人はいない、男子でもあのCMの子か、くらいには知名度のあるモデルだ。特に最近は売れてきていて、今期既に決まっているCMは数多くある。化粧品やバッグ、服、カメラ、清涼飲料水。上げればキリがない。

「以上 新入生代表 奥村雪男」

 冴えない男。坊ちゃんカットでワックスなんかのいじりのない髪の毛。雪みたいに不健康そうな肌と面白みのない眼鏡。いかにも真面目です、を体現したような男だった。高身長でこの学年でトップの頭脳。涼は冴えないと称したが格好悪く"は"無いから、きっと女子は彼に群がるだろう。
 修二は式が終わると、彼に負けてはいられないと勉強熱に火がついたようですぐに寮に向かった。そう言えば修二は入試で入れれば特進でも普通でも構わないからと手を抜いたそうで、特進科ではないらしい。もったいない、と思いながらも涼にはそれを言ってやる義理はなかった。

「彰、行くわよ」
「へいへい。お前って本当に、可愛げのない女だよな」

 彰は昔っからの腐れ縁みたいなものだ。小学生の頃はお互い家が神社ということもあって夏祭りの集客で争ったり、うちの方がスゴイだのなんだの言っていがみ合っていた。今でもお互い口が悪くてすぐに喧嘩になるが、なんだかんだで涼のワガママに付き合ってくれたり本音で語り合える数少ない友人でもある。絶対に本人には言ってやらないが。
 涼は母が再婚して金持ちの父親が出来たので余裕だったが、彰の家は一般家庭より少し貧しいくらいだ。当初正十字学園を受験すると決めた時、家族は反対したらしい。なんせ、彰の妹の雅も同時に中学受験で、いわゆるダブル受験だったからだ。彰は奨学生になり入学金やその他諸々免除だったり減額だったり、そういう制度を利用して決めた。彰のご両親も本心では名門の正十字学園に通って欲しかっただろうから、彰は最高の形で受験を成功させた。

「この鍵便利だよな」
「でもそんなアンティーク調の鍵、今どき使ってる所少ないじゃない。探すのに苦労しそう」
「まあ、確かにな」

 見つけた倉庫の鍵穴に、手持ちの鍵は入りそうだった。ガチャリと回して、ドビラを開く。赤と黒のタイルに高い天井。柱には意匠の施されたものもあり、西洋の建築だった。指定された教室は一一◯六号教室であり、廃虚のような汚さだった。
 祓魔師を目指す者達が通う祓魔塾。正十字学園の真下にある正十字騎士團日本支部の抱える祓魔師養成学校 祓魔塾。涼と彰は高等部と平行してこちらの授業にも出る。そんな生徒は案外少ないらしく、女子が二人、パペットを持った少年が一人、フードを深く被った多分男が一人、刀袋を持った少年が一人、不良チャラ男坊主の三人組。涼と彰を含めて十人しかいなかった。

「月峰涼!!」

 女子二人が立ち上がり叫んだ。涼はにっこり微笑んで手を振ってやる。二人は少し気まずげに視線をそらし、頬を染めて居心地悪そうに席に着いた。涼はみんなの腰を下ろす椅子にも埃が積もっていることに気付いたので、キュッと顔を歪めた。横を通る時、チャラ男が口笛を吹いた。それも不快だった。

「涼」

 彰が呼び止めて、ハンカチを椅子に敷いてくれる。涼は思わずぽかんと口を開ける。

「アンタもそんな気障ったらしい気遣いの出来る男になったのね」
「ほんっっとに可愛くない女だな!!そこは素直にありがとうだろうが!!」
「あーハイハイ、アリガトウゴザイマス」
「棒読みかよッ!」
「お礼を求めず当然のようにやるのが本当の紳士だと思うけどねぇ」
「クッソ」

 席に着いて下さい、と言いながら入って来たのは新入生代表を務めた、あの奥村雪男とか言う男だった。同い年じゃん、と彰がこぼす。しかし彼が身に纏っているのは祓魔師の証でもあるジャケットで、胸にはバッジが飾られていた。

「はじめまして、対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」

 涼は騒がしい周囲は切り捨て、彼の柔らかい笑顔をすぅっと見つめた。

「お察しの通り僕は皆さんと同い年の新任講師です。ですが悪魔祓い<エクソシズム>に関しては僕が二年先輩ですから塾では便宜上『先生』と呼んで下さいね」

 奥村先生が魔障受けていない人に挙手を促した。不良、フード、短髪の方の女子が手を挙げる。ちなみに涼は家系的にそうなのか、魔障を受けずして悪魔を見ることが出来た。
 先生が儀式の詳細について説明しているのを涼はぼーっと聞いていた。少し意識が離れた。が、異臭がしてそれはすぐに戻る。

「悪魔!!」

 それは小鬼<ホブゴブリン>という悪魔だった。先生と、さっきから騒がしかった刀袋の少年が言い争いをして、動物の腐った血の入った試験管が割れてしまったのだ。それにより小鬼は凶暴化して、教室で暴れ始めた。

「きゃあっ!」

 後ろから向かってきた小鬼に驚いて涼は頭を腕で庇いながら少し屈む。しかしそれでは足りないことに気がついた彰が涼を通路に突き飛ばし、二人で床に転がる。目の前にいた坊主と不良が二人に手を差し出し、それを取って立ち上がる。チャラ男は不良を庇うような素振りを見せていた。

「悪魔!」
「え、どこ!?」
「あ、ちょっと!」

 もう一人の髪の長い女子が不良のそばを指差す。不良は悪魔が見えていないようなので涼はまだ繋がれたままの手を力任せに引っ張り、悪魔から遠ざける。

「教室の外に避難して!」

 先生の指示に従って、涼は五人で廊下に出た。教室には奥村先生と、何故かあの少年が残って、涼は首を傾げた。その時、目の前に不良が躍り出てきた。彼は高身長で見上げるのも辛い角度だし、見下ろされるのがイヤな涼は少し距離を取る。

「さっきはありがとぉな」
「別に、そっちだって立つの手伝ってくれたし」
「俺は勝呂竜士や。こっちが子猫丸、ピンク頭が志摩や。志摩はドアホで煩悩ばっかりやし、気ぃつけや」
「ご丁寧にどうも。私は月峰涼。こっちは下僕の彰よ」
「下僕って何だよ!そこは幼馴染みでいいだろうが!」
「勝呂くんたちは関西の出身?」
「無視か!」
「おん、京都や」
「お前もかっ!…京都とか修学旅行でしか行ったことないわ」
「私に至っては修学旅行行かせてもらえなかったしね」

(なんでや?)
(私モデルやってるから、行くとパニックになっちゃうのよね)
(今朝も校門から大講堂まで花魁道中みたいになったしな)
(((あの騒ぎってそういうことやったんか…)))


あとがき等
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