にせものまじりのほんとう


「この魔法円の抜けている部分を前に出て描いてもらう…神木、神木!
「あ…すみません、聞いてませんでした…」
「どうした、お前らしくもないな。それでは涼!前へ」
「はい」

「大半の悪魔は"致死説"という死の理…必ず死に至る言<ことば>や文節を持っているでごザーマス。詠唱騎士は"致死説"を掌握し詠唱するプロなんでごザーマスのヨ!では宿題に出した"詩篇の第三十篇"を暗唱してもらうでごザーマス!神木さん、お願いするでごザーマス」
「はい! "神よ 我汝をあがめん 汝…我をおこして…我のこと"
「ザーマス?」
「あ、あの…忘れました」
「ンまぁ〜神木サン、貴女が珍しいでごザーマス。では、代わりに勝呂サン!」
"神よ 我汝をあがめん 汝我をおこして 我が仇<あだ>の我がことによりて 喜ぶをゆるし給わざればなり" "我が神よ われ汝によばわれば 汝我をいやし給えり" "神よ 汝我が魂を陰府<よみ>より上げ 我をながらえしめて 墓にくだらせ給わざりき" "神の聖徒よ 神をほめ謳え奉<まつ>れ 清き名<みな>に感謝せよ" "その怒りはただしばしにて その恵みは命とともに流し 夜はよもすがら 泣き悲しむとも 朝<あした>には喜び謳わん" "我安<やす>けかりし時に謂<いえら>く 永遠<とこしえ>に動かさるることなからんと" "神よ 汝恵みをもて 我が山をかたく立たせ給いき 然<しか>はあれど 汝面<みかお>を隠し給いたれば 我怖<お>じ惑いたり" "神よ 我汝によばわれり 我ひたすら神に願えり" "我墓にくだらば 我が血なにの益あらん 塵は汝を讃<ほめ>たたえんや 汝の眞理<まこと>を述べ伝えんや" "神よ聞き給え 我を憐れみ給え 神よ 願わくは我が助けとなり給え" "汝踴躍<おどり>をもて我が哀哭<なげき>に変え 我が麁服<あらたえ>をとき 歓喜<よろこび>をもて我が帯とし給えり" "我栄<さかえ>をもて褒め謳いつつ 黙<もだ>すことなからんためなり 我が神よ 我永遠<とこしえ>に汝に感謝せん"

 全員が勝呂くんに拍手を贈った。勝呂くんはつっかえたりどもることなく、言い慣れたようにスラスラ言ってみせたのだ。丁度チャイムが鳴り、授業が終わる。自由に口を開いて賞賛され、勝呂くんも満更でもなさそうに少しでれでれしている。

「彰はあそこまでいける?」
「百回練習すりゃ出来そうだけど…多分やる気起きねぇ」
「だよね、私詠唱騎士向いてないわ。絶対」
「俺も」

 和気藹々とした、学生らしい空気に水を差したのは失敗続きの神木さんだった。昨日今日だけで彼女のプライドはずたずただろう。

「なんか言うたかコラ」
「暗記なんて学力と関係ないって言ったのよ」
「はあ?四行も覚えられん奴に言われたないわ」

 お互いに貶し合う二人に三輪くんや志摩くんがなだめる。神木さんをフォローしていると、神木さんが口を開いた。

「あたしは覚えられないんじゃない!覚えないのよ!詠唱騎士なんて詠唱中は無防備だから班<パーティ>にお守りしてもらわなきゃならないし、ただのお荷物じゃない!」
「なんやとぉ!?詠唱騎士目指しとる人に向かってなんや!」
「なによ!暴力で解決?コッワーイ 流石ゴリラ顔ね、殴りたきゃ ホラ 殴りなさいよ!」

 勝呂くんは完全に頭に血が上っているし、それを分かって挑発を続ける神木さんも神木さんだ。二人はどすどすと足音を立てて近づき、奥村燐の近くで合流する。勝呂くんが我慢ならないと奥村燐の机に手を叩き付けた。

「大体俺はお前が気にくわへんねや!人の夢を笑うな!」
「ああ…あの"サタンを倒す"ってやつ? ハッ あんな冗談笑う以外にどうしろってのよ」
「じゃあなんやお前は、何が目的で祓魔師なりたいんや…あ?言うてみ!!」
「目的…?…あたしは他人に目的を話したことはないの!あんたみたいな目立ちたがりと違ってね!」
「この…!」

 勝呂くんが神木さんの胸ぐらを掴んだ。神木さんが反撃しようと胸ぐらを掴もうとしたのかビンタしようとしたのか、定かでないが、神木さんの腕は丁度立ち上がった奥村燐に当たった。

「目的だってよ、涼」
「うっさいわね」

 涼は神社の家柄だ。急で長い、真っすぐな階段に真っ赤な鳥居が立ち並び、その奥の正面にある本殿に祀られているのは、七福神が一柱 最強武神 毘沙門天<びしゃもんてん>。その脇にある小さな池の畔に祠がある。
 祖父母曰く、その祠にお祀りしているのは涼の祖先の巫女らしい。元々神社は彼女を祀っていたのを、時代の流れが毘沙門天を本尊に変えたのだった。彼女の本名は文献にも残っていないが、一部では"玉依姫<たまよりひめ>"と表記されていた。玉依姫とは元は魂<たま>憑<よ>り姫から来ており、神霊をその身に降ろすことの出来る巫女のことだ。
 正十字騎士團では虚無界<ゲヘナ>に住まうものを総称して"悪魔"と呼称するから、日本の八百万の神なんかは特に同じ扱いを受ける。玉依姫は"悪魔に憑依される"体質のようなものだが、やはりそういうと悪いことのように聞こえてしまう。祖父母は憑依されることを、神憑<かみがか>ると表現する。昔は巫女を通して神がお告げをして人々を救った、その信仰心が巫女にも向いたことが涼の神社の始まりだ。
 血が薄まった現在でもその力は健在で、涼は幼い頃その身体に荒ぶる神を神憑らせた。その時の騒動と言ったら、本当に大変だった。彰も居合わせたうちの一人で、誰よりも必死に涼を止めようとしてくれた。以来すっかり涼は玉依姫の血を恐れて、力を封じ込めた。
 母の再婚をきっかけに、涼はぐんと自立心を高めた。自分が優れた容姿をしていることにも気付いていたし、モデルは天職だったのだ。そこに、メフィスト・フェレスが現れた。彼は涼を見て笑顔を深めた。涼の特別な血を見抜いて祓魔塾に通うことを勧めたのだ。その見返りとしてメフィストは自分の駒になることを強いた。メディアを通じて魔障者増やさないように、涼が祓魔師の侵入を手引きする。そして悪魔を祓って一件落着。涼がメディアに取り上げられるよう、正十字騎士團のバックアップも得られると言う。

"これはギブアンドテイクですよ"
"貴女は力をコントロールする方法を学べる上に、一流の芸能人になれる"
"そして私は貴女と言う駒を得て、認知度によって力を増す悪魔を抑制出来る"

 涼は取引に応じた。彰を巻き込むつもりはなかったが、本人が巻き込まれることを望んだ。目的と言えるほど大層なことではない。しかし、涼にとってこの取引は大きな意味を、意義を成しているのだ。


あとがき等
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