すきとおった銀の髪の少女の物語

 此花千景は親元を離れて全寮制の正十字学園に入学した。始めこそルームメイトや食事、授業について不安に思っていたが、どれも良好で千景は好スタートをきったと言っていいだろう。
 千景は趣味のある人間だ。基本的にインドアではあるが、身体を動かすことが嫌いな訳ではないし、むしろ好きだ。その日は雨が降っていたのでお散歩する気分ではなく、正十字学園が抱える膨大な蔵書数を誇る図書館に行こうと思った。エナメルのバレエシューズを履いて、最近お気に入りのふんわりしたワンピースに薄手のカーディガンと、まだ春先ということでペールピンクのジャケットを合わせる。水色と白のクラシカルな傘がパタパタと音を立てて雨粒を弾く。
 図書館に着いて適当な席について、早速ジャケットを脱いで本を探しにかかる。かなりの蔵書数なのだから当然なのだが、様々なカテゴリーの幅広いラインナップとなっていて千景は胸を躍らせる。何から読もうか、と本棚の間を縫うようにして進み、適当な本を取って試し読みしてみたりを繰り返し、洋書のコーナーで千景は一冊の本に釘付けになった。
 古書にあたる代物で、革にくすんだ金と銀の糸で装丁されている。引き抜いてタイトルを確認すると、"A girl who has clear silver hair" とあった。すきとおった銀の髪の少女。千景はその本に引き込まれてすぐに読むことに決めた。


 舞台は1900年代初頭 イギリス。エヴァンジェリンという町娘のストーリーだった。彼女は見事な透き通った銀色の巻き髪の持ち主であったが、酷い田舎な訛りのある英語で話す、しがない物売りの少女だった。当時は幼くても働きに出るのが普通で、読み書きが出来るのも学校に行けるのもお金持ちだけだった。
 そんな彼女の平穏を脅かしたのは第一次世界大戦だった。たった14歳のエヴァは幸運にも両親のツテで田舎に疎開することが叶った。田舎町で受け入れてくれた初老の夫婦の元で農業を手伝いながら、千景は戦争中にも関わらず比較的穏やかに過ごしていた。

「メリーベル!?」
「だぁれ?私はエヴァよ?」
「すまない、妹とあまりに似ていたものだから」
「妹?ここに来てないの?」

 エヴァは金髪の巻き毛の、恐ろしいほど冷たく澄んだ青い瞳に引き込まれた。彼は上質な服を来ていたし、訛りのない英語を喋ったから、きっと良いとこのお坊ちゃんだ。エヴァと同様に戦争で疎開に来たのだと思ったのに、彼よりも幼い妹はここに来ていないような、そんな口ぶりだったのが気になった。

「死んでしまったんだ」
「ごめんなさいッ 私、その、悪気はなかったの」
「良いんだ。メリーベルは君と同じですきとおった銀の巻き髪で、オニキスみたいな綺麗な目をしていたんだ。明るくて活発でよく歌を歌ってた」

すきとおった銀の髪の少女が昔いました
そのあまりの美しさに神は少女のときをとめました
それで少女は明日も明日も 美しい銀の髪を風に吹かせて
少女のままで 永遠のときを生きているのです


 彼はアルトでその歌を歌う。その歌にエヴァは聞き覚えがあって、一緒になって口ずさむ。

「ねえ、私、エヴァンジェリン・アートというの。エヴァって呼んで。貴方は?」
「僕はエドガー・ポーツネル」

 エヴァはあっという間にエドガーに恋をした。エドガーはエヴァの訛りを取るレッスンをしてくれたし、読み書きも教えてくれた。エドガーはとても親切にしてくれたが、エヴァにはそれが亡き妹のメリーベルに向けているものだとわかった。それでも自分が癒しになればとエヴァはエドガーの前では彼から時折こぼれる思い出の中のメリーベルを意識して振る舞った。
 戦争が終わって、エヴァは焼けた町に戻る事になる。エドガーとの別れは寂しかったし、彼の両親も本当に良くしてくれたのだ。

「私、帰りたくないの。親不孝な娘でしょう?」
「エヴァは…どうして僕達のことを誰にも言わなかったの?」

 エドガーと彼の両親には秘密があった。戦争中の4年間、彼らは一ミリも成長していない。両親は微妙なところだが、本来成長期の筈のエドガーは全く背が伸びていないし、髪を切っただとかそういうのもなかった。4年間密接に過ごしていたエヴァだからこそ気付いたことだった。
 彼らは伝承のバンパネラなのではないか。そう思い至るにはそれなりに時間がかかってしまったが、本気でエドガーを愛しているエヴァには相手が人であるか人でないかは関係なかった。エドガーがエドガーであればそれで良かったのだ。

「貴方が大切だからよ、エドガー」
「僕と一緒に来る?永遠に、ずっと一緒に、」

 エドガーは養子に来ないかと言った。彼の両親とも話はつけているそうだ。エヴァは舞い上がって喜び、両親に報告した。両親も焼けた町で貧しく暮らすよりも、立派な家の令嬢になった方が良いと思ったのだろう。泣きながらさよならを言ってくれた。そして、エヴァはエドガーの手によってバンパネラとなった。エヴァの時計は永遠に18歳の少女のまま。



 途中何度も辞書を引き、千景は第一章を読み終えた。装丁もちょっとファンタジーというかメルヘンチックなところがあったから、ファンタジーではないかと検討をつけていたが、あたりだったらしい。それにしても面白い内容だった。エヴァとエドガーの恋の先が気になって仕方がなかった。
 それ以降、千景はすっかりその本の虜になってしまった。寮に帰ってからも、寝る前もご飯を食べる時も、学校でもその本を肌身離さず先を読むことに全てを注いだ。それと同時に身体が弱っていったが、一種のトランス状態になっている千景には関係のないことで夢中でページをめくった。
 ある日千景は放課後になっても教室に残って本を読んでいた。あの後エドガーとエヴァ、そして養父のフランク・ポーツネル男爵とシーラ夫人、一時離れていただけだというアラン・トワイライトと共にエヴァは悠久の時間を過ごしていた。しかしフランクとシーラは第二次世界大戦の折に正体がばれてしまい胸に杭を打ち込まれて消滅してしまう。子供3人で逃げようと試みるが、エドガーとアランとは逸れて、エヴァは幸運なことにかつてのエヴァのように、エヴァを深く愛してしまった青年によって保護される。

「此花さん」
「えっと…奥村くんでしたよね?私ちょっと忙しくて…」
「ああ、読書中でしたか、すみません。なんの本を読んでいるんですか?」

 ああ、早く続きが読みたい。さっきからこの奥村くんはなんなのだ。謝って立ち去れば良いものを、質問してきたりして。私は忙しいのに。

「洋書ですか、凄いですね」
「このくらいなら奥村くんなら余裕ですよ。あの、それで」
「その熱心さを兄さんにも見習ってもらいたいな。良かったら一緒に図書館に行きませんか?あそこなら古い英単語に対応した辞書がありますし」

 千景は行くともなんとも言っていないし、勿論断るつもりだ。彼と一緒にいたら本なんて読めたもんじゃない。それなのに彼は強引に千景の腕を掴んで立ち上がらせ、スタスタと歩く。
 千景は盛大にイラついて「ちょっと…!」と声を荒げるが、彼は御構い無しにニコニコとした笑顔のまま千景を引っ張る。身体が弱っているせいで、ろくに抵抗もできなかった。

「離してっ!」

 そう叫ぶようにいって腕を振るといとも簡単に腕は解けた。あっけにとられて彼を見ると、彼は笑顔をどこかに引っ込め何の感情も宿していない瞳で千景を射抜く。彼がメガネを上げて、銃口をこちらに向ける。
 千景は胸に庇うように本を抱いて一歩後ずさる。すると背の高い、いかにも不良ですと言った風貌の青年がそこにはいて、千景の退路を断っていた。
 千景が奥村くんに視線を戻した時、後ろから腕が回ってきて千景の口にハンカチか何かが押し当てられる。もがくとかえって息を吸いたくなって、千景を息を吸ってしまった。千景は体からだんだん力が抜けて、眠くなっていくのを感じた。全てがどうでもよくなってしまうような、強い眠気に身を委ねて千景は眠った。



あとがき
終わりのセラフ転生主連載がスタートいたしました。
本の内容ですが、萩尾望都さんのポーの一族を元にしています。ちなみにタイトルの英語は本当に適当ですので、間違っていたら教えていただけると嬉しいです。
相変わらずの気まぐれ亀更新になりますが、末永く見守りよろしくお願いいたします。

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