不和

 学園の“最深部”に封印されていた不浄王の左目が何者かによって持ち出された。不浄王復活を阻止するべく、祓魔師が京都に派遣されることとなった。そのメンバーには、夏休みの合宿で実戦への参加資格を得た候補生も含まれている。
 先の戦いで、青い炎を顕現させサタンの落胤であることが明らかとなった奥村は、奥村先生や霧隠先生とともに別のコースを受講しているようで、あれ以来見かけない。憎むべきサタンの落胤という存在に、訓練生たちだけでなく、他の祓魔師たちも戸惑っているようだった。
 かく言う千景は、青い夜について知ってはいるもの身近には感じていない。祓魔師たちはサタンを宿敵としているが、千景の宿敵は吸血鬼であることからも、比較的サタンへの忌避感は薄い。それに、奥村のバカが付くほど真っ直ぐで考えなしなことを、わずかな期間でも知っている千景には、彼が宿敵と呼べるほど凶悪な存在には見えなかった。

「アタシは今回ムリヤリ増援部隊隊長押し付けられた霧隠シュラです!ヨロシク!」

 増援部隊は新幹線の車内で、情報共有を始める。今回の不浄王という悪魔はまだ習っていない、マイナーな悪魔であるから、その実情の周知は重要である。
 不浄王は、江戸後期 安政5年頃に流行した、熱病や疫病を蔓延させたとされる上級悪魔である。当時4万人以上の犠牲者を出した元凶と言われている。今回狙われた“右目” “左目”というのは、不浄王を討伐した不角<ふかく>という僧侶が、討伐したことを証明するために抜き取ったものとされており、目だけでも強烈な瘴気を発し大層危険な代物だそうだ。
 その右目を封印して言る京都出張所は、一度襲撃を受けたようだが、なんとか死守したらしい。今回の遠征は、再度襲撃を受けるであろう京都出張所への増援と、先の襲撃で出た傷病者の看護、訓練生はその手伝いを目的としている。

「私は、“サタンを倒す”だとか、“友達”だとか。綺麗ごとばっか言って、いざとなったら逃げ腰の臆病者が大ッ嫌いなだけよ!」

 みんなが避けた奥村の隣にむんずと座った神木は、そう挑発的に言い切った。サタンを最悪としない千景はさておき、正常に祓魔師の常識を知る神木が、サタンの落胤である奥村を普通の混血と同様であると言い切り、彼に戸惑う周囲を一蹴するような言動をするのは意外だった。
 神木と犬猿の仲である勝呂がこれに反発し、喧嘩に発展した。霧隠先生は連帯責任だと言い、後方の車両に訓練生を隔離しバリヨンの刑に処した。デジャヴである。

「前も確か、坊と出雲ちゃん喧嘩しはって…。いや、ほんま進歩ないわ」

 けろりと志摩が笑って、勝呂と神木が居心地の悪そうな反応を返す。

「そ、そんなことより…。先生は何で奥村君のこと置いていかはったん?もしも何かあったら、危ないやんか!」

 三輪の畏怖は、青い夜を知る者からしたら、正常な反応だろう。しかし、それをあえてこの場で言うのは浅慮と言うものだ。
 その時、三輪の膝に乗っていたバリヨンが飛び上がり、杜山を背中から押し倒し重さを増す。古く強力なモノが紛れ込んでいたようだ。
 勝呂と志摩が二人掛かりで持ち上げようとするも、力及ばず。バリヨンが高温で燃やすか割るかしかないと、志摩が錫杖を突き立てるも無駄で。そこに躍り出たのは奥村だった。

「(焼け石に水…)」

 千景は柳眉をひそめた。サタンの落胤に戸惑っているみんなの前で、奥村がその異能を発揮するのは、より不信感を煽ることになる。奥村は静観するなど出来ない人間であると千景は知っているものの、こうも考えなしで裏目に出る彼を底なしのアホと思わざるを得ない。
 奥村の青い炎が杜山ごとバリヨンを焼いた。それに思わず勝呂が奥村を諫めようとして、奥村の集中がそがれて炎が座席に燃え移る。三輪は霧隠先生を呼んで来ようとするが、杜山が大事にしないで欲しいと制止する。
 神木の機転により、座席は神酒<みき>で消し止められたが、訓練生の間に広まる不和は留まることを知らない。

「何邪魔してんだよ!俺は上手くやれた!」
「何が上手くや…!」
「俺を信じてくれよ!」
「信じる…?どうやって…! 16年前、ウチの寺の門徒がその炎で死んだ。その青い炎を人を殺せるんや!俺のじいさんも。志摩のじいさんも、一番上の兄貴も。子猫丸のおとんも」

 明陀宗は強力な祓魔師集団である。青い夜で犠牲者が出ていても不思議ではない。

「寺の門徒は、俺にとって家族と同じ。家族がえらい目におうてて、どうやって信用せぇゆうんや!!」

 千景は目線を下へ落とす。彼の言うことは尤もだ。千景も吸血鬼と慣れ合え、仲間だと言われても、共闘することは難しいだろう。憎むべき存在と親しむのは、それだけの壁があってしかるべきだ。

「それは、大変だったよな…。でも、だったら何だ…!それは俺とは関係ねぇ!!」
「そうやったな…。お前はサタンを倒すんやったよな…!?」
「そうだ。だから一緒にすんな」

 胸ぐらを掴み、凄む二人の間に入ったのは、意外にも臆病な三輪だった。三輪は震える手で奥村を掴み、大切な座主の血統である勝呂を諫める。
 それに水を差したのは、またしてもバリヨンだった。勝呂の頭上に落ちたバリヨンは、現れた霧隠先生に祓魔され、大事には至らなかった。

「本番でもそうやって互いの足引っ張り合う気か?死ぬぞ!」

 その言葉は訓練生全員の胸に突き刺さった。

あとがき
ヒロインにとっての宿敵は吸血鬼なので、他の祓魔師と常識・物差しが違います。なので、燐に対しての忌避感は薄く、彼の本質を見て判断しています。
しかし、周囲がサタンの落胤を是としないことも理解しているため、口下手なヒロインは何も言えません。そう、ヒロイン今回喋っておりません。(泣)
それはそうと、ヒロインは基本的に男子は名字+君付け、女子は名字+さん付け、目上の人には名字+肩書といった具合に呼んでいます。いい加減燐やしえみ、子猫丸を下の名前で呼ばせたいのですが、如何せん微妙な空気ではそんなきっかけは無く…。乞うご期待!

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