心、重ねて

 京都駅からバスに乗り換え、着いた旅館は何と勝呂の実家だった。勝呂の母に歓迎されながら、京都組三人は家族の元へ行く。その間他のメンバーは看護の手伝いだ。
 通された大広間にはたくさんの祓魔師が寝かされており、苦しげに咳をしている。千景は氷嚢を変え、点滴のパックを交換し、薬草茶を飲ませ、とせわしなく看護して回った。

「(嫌な空気だ)」

 病人の空気ではない。京都出張所の祓魔師の多くが明陀宗、勝呂の父が座主を務める宗派に属している。その中でも僧正の家系に志摩や三輪は属しているらしい。今回の不浄王の右目を守護する役割を担っていたのも、元々はこの明陀宗だ。
 明陀宗の僧正の家系にも明かされていなかった右目の存在であるが、深部まで襲撃を受けたとなると内部の反抗が疑わしい。そのためか、元々犬猿の仲だった志摩家と宝生家の軋轢も増し、重要な事実を秘匿していた座主である勝呂達磨への不信感も加速しているようだった。
 ここでも不和か、と千景は思わずため息をこぼす。人付き合いの苦手な千景には、気の利いた言葉もかけられずどうしようもない。ただ居心地の悪さに、見て見ぬふりをするだけだ。

「坊が怪我しはったんで氷ください」

 京都に派遣されて数日後の夜だった。台所で看護を任された女子三人が集まっていると、左頬を赤く腫らした勝呂が三輪と志摩を連れ立って現れた。

「何があったのよ」
「出張所から右目が奪われた」

 思わず神木が声を上げる。かく言う千景もぎょっと目を見開いた。言葉を続けるより早く、勝呂が追い打ちをかけた。

「それと、奥村が捕まった。炎出して出張所の連中にみられたんや」
「し、したら、奥村君どないなるんです」
「わからん。今は霧隠先生が何かの術で失神させて、出張所の官房に閉じ込めてはるわ」
「えーと、それって奥村君やばいんとちゃう?」

 訓練生の中に重い空気が落ちる。そのまま思わず黙り込んでいると、外が騒がしくなる。誰かの大声が、不浄王の右目を奪った宝生蝮を、志摩の兄である柔造が連れ戻したと聞こえてくる。頬を冷やしていた勝呂がガタと立ち上がり、外へ出る。みんなでその後に続く。

「私は裏切り者や。けど、今から言う話だけは聞いて欲しい。先ほど私と藤堂三郎太は、奪った右目と左目を用いて、不浄王を復活させた」

 それは雷鳴のようにその場に轟き、周囲のざわめきを誘った。不浄王は討伐されたはず。それなのになぜ。

「金剛深山の地下に、仮死状態で封印されとったんや。今、明陀宗座主 勝呂達磨様が一人残られて戦っておられる…!」

 潰れた右目を晒し、地面に膝をつき首を垂れて、援軍と不浄王の討伐を乞う蝮に、非難の声が飛ぶ。それをねじ伏せ、檄を飛ばすのは志摩の父、京都出張所の所長を務める八百造だ。

「今はそんなことを議論しとる場合やない!不浄王討伐に出発する!」

 八百造が指示を飛ばす中、勝呂が蝮に近寄る。蝮は右目を宿し瘴気に晒されたため、息も絶え絶えに勝呂に懇願する。

「ごめ、ん…なさい……助けて……和尚<おっさま>を助けて…」
「お前、右目が…」

 柔造は蝮を抱え上げ医務室へ向かう。勝呂に塾生と供に旅館へ戻るよう促し、志摩や三輪に守護を命ずる。みんなで旅館へ戻ろうとしていると、霧隠先生が寄ってきた。

「さっき炎を出した件で、燐の処刑が決まった」

 霧隠先生は端的に用件を伝える。それだけ逼迫<ひっぱく>した状況なのだ。処刑という響きは訓練生一堂に衝撃的な、重過ぎる言葉だった。

「ヴァチカンの決定だ。覆ることはまずない。そこでだ。勝呂君、コレを君に預ける」

 霧隠先生は明陀宗の本尊であり、燐の力を封じている倶利伽羅<クリカラ>を勝呂に差し出す。そして、勝呂の父が燐に宛てた手紙を、不浄王討伐には燐の力が必要だと言い渡す。
 奥村の脱獄のため、迷彩ポンチョを出す。杜山、勝呂、三輪、神木と次々にポンチョを手に取り、奥村が収監されている独居監房を目指す。取り残された志摩に、千景もポンチョを手に取りながら言う。

「めんどくさいで仲間助けないなんて、格好悪い」

 千景の言葉は志摩の心をえぐる。もぉ〜!と憤慨しながら志摩が付いてくるのを認め、千景はふっと笑みを浮かべた。

「オレサマは“一番防御力が高い牢屋<ダス シュタルクステ ゲフェングニス>”。しかし鍵は内側からは開かないが、外からは簡単に開く」

 牢屋の扉は悪魔が務めていた。テンションや名称から、メフィスト・フェレスの差し金だろう。さて、ここで問題です、と牢屋が言う。

「どうして“防御力が高い”のでしょうか!」

 試しに戦いを挑んでみろ、と言う牢屋に全員が身構えた。その瞬間、身体の自由が奪われた。牢屋の能力は、敵意を持って近寄る者の動きを止めることができるというのだった。
 勝機はないと思われたが、杜山だけが動くことをできた。杜山が意を決して扉に手をかけ、奥村を連れ戻す。戦地まで赴こうという時、燐が勝呂を呼び止めた。

「勝呂、俺を信用してくれ」
「奥村君、今はそんなこと、」
「サタンの子なのは変えられねぇけど、必ず炎を使いこなして見せる。だから俺を信じてくれ!」
「そんなんどうでもええんや!俺がお前を許せんのは、そういうこと全部ひとりで背負い込んで、先に他人扱いしとったんがお前の方やからや!」

 千景は思わず「そっち?」とこぼしそうになるが、水を差すのは良くないと口をつぐむ。

「味方や思っとったんは俺だけか!!」
「つーかそんな理由!?そんな理由で怒っとったんか…!」

 志摩の突っ込みに、千景は珍しく激しく同意した。

あとがき
戦闘シーンは長くなりそうなので、ここで一区切り。
一歩引いたところで何もできないヒロインの、人付き合いの下手さが際立っている回です。そして目立った動きがあまりなくつまらない。
目立った動きどころか、また全然話してないです!うちの子無口にもほどがあります。
次回以降は戦闘なので、活躍していただきたい…!

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