父の背中

「目指すは洛北 金剛深山!倒すは不浄王や!」

 山肌に胞子が膨れ上がり、増殖しているのが見える。勝呂が要塞と称すのも頷ける規模だ。
 一行は勝呂の父 達磨和尚を探している。先程霧隠先生より電話があり、宝生蝮たちが最後に見た場所に居なかったようだ。

「勝呂君、夜は乙夜女の独壇場。影に乙夜女を這わせて和尚様を探すから、貴方が見つけて。私は和尚様の気配を知らない」
「任せや!」

 千景の差し出した手を、勝呂は力強く取る。千景が乙夜女を顕現させ、足元の影に刺して能力を広げていく。円形にズズ、と乙夜女の影が広がり、影の中にある情報が千景の手を伝って勝呂の瞼に映る。

「おった!こっちや!」

 達磨和尚は口から血を流して倒れていた。駆け寄ると、その体から炎の悪魔が姿を現す。暗い山中に慣れていた目が、炎に目が眩む。

「我は迦楼羅<カルラ>という名で、明王陀羅尼の座主に仕えし者」
「カルラ…!?お、おとんの使い魔なんか!?」
「だったが、その“秘密”が漏れた今、契約は解消された。今は勝呂達磨との個人的な契約を履行中だ」

 その時達磨和尚が、咳をこぼしながら意識を取り戻した。達磨和尚は一行が前線まで来ていることを咎めるが、その中に奥村の姿を認めると、観念して不浄王の倒し方について語り出す。
 明陀宗の座主のみに伝わる“真・不浄王之理<ことわり>”によると、不浄王は巨大になり、やがて城ほどの規模になり、ほどなく中央に巨大な胞子嚢が作られるという。その胞子嚢が熟し破裂すると、濃い毒素の胞子、瘴気をまき散らすそうだ。行きがけの車内で不浄王の歴史が語られたが、その際挙がっていた死亡例はこの胞子嚢の破裂によるものだったという。
 当時で4万人だ。現在の京都では4万人どころでは収まらないだろう。何としてでも胞子嚢の破裂を防がなければならない。

「胞子嚢が破裂する前に倒せば良いのね」
「お嬢さん、それが事はそう単純じゃないんや」

 千景が静かな殺気を遠くに見える胞子嚢に向けるが、達磨和尚は弱々しく首を振って否定する。
 不浄王の唯一の急所とおぼしき“心臓”は胞子嚢の中にあるらしい。かつて戦った不角はその心臓を二つに分け、封印した。それが右目と左目というわけだ。

「つまり、胞子嚢を一旦破裂させんと、心臓が打てんということ…!?」

 三輪が絶望的な面持ちで言った。あまりに厄介な勝利条件に、全員の表情に険が宿る。
 達磨和尚は15年前にカルラと契約し、劫波焔<ごうはえん>という必殺技で不浄王を討とうとしていたらしい。年月を焔に変える術で、15年かけて培ったものを、先ほど足止めにほとんど使ってしまったらしい。
 達磨和尚は残る僅かな焔で、胞子嚢が破裂しても瘴気が漏れないよう結界を張る。そしてその間に、燐が降魔剣で不浄王の心臓を焚滅<ふんめつ>して欲しいとのことだった。

「悪い…」

 奥村が断るのは全員にとって予想外だった。奥村は降魔剣を抜けないでいた。イップスのような状態のようだ。
 仕方がない、と達磨和尚は一人で結界を張りに行こうとするが、失血が祟り立つことができない。負った傷はカルラが癒したようだが、失った血液は戻らなかったようだ。
 カルラは勝呂を一瞥し、劫波焔<ごうはえん>を血族になら移せると言った。しかし、達磨和尚が強く止める。

「あかん!それだけはあかん…!!こんな柵は当代で断つて、私はこの命を懸けて誓うたんや!!」
「今まで、そうやって一人で背負うて来たんか…」
「は…なに、私が好きでやって来たことや」
「そうはさせん!俺も背負う!!そのザマで文句は言わせへんぞ!」

 劫波焔<ごうはえん>の継承を終えると、達磨和尚は力尽き倒れた。勝呂は達磨和尚の傍に杜山と神木、千景を付ける。志摩と三輪には連絡係。勝呂は結界を張りに、本陣へ切り込む。

「無茶です!」
「今まで親がメンドいから黙っとったけど、今回のは話しが違うし、ひとこと言わせてもらうわ。アンタほんまに死ぬで?」

 三輪と志摩が引き留める。それは至極当然のことだ。しかし、今回はアマイモンの襲撃の時魔法円から奥村を追いに出たような、無茶とは違う。通すべき筋を通すためだ。

「私も行く」

 戦闘力において、現状の訓練生では数段優れている千景が名を挙げた。正直なところ、胞子や腐属性に対抗する手段は、影の女王である乙夜女にはない。戦力にはならないが、足止めは可能だろう。

「大丈夫だ。勝呂は俺が守る」

 剣を抜けないくせに、とんでもない自信である。炎は少しなら使えるようだが。
 奥村は三輪に信じてくれるかと問い、三輪はこくりと頷き、明陀宗や霧隠先生に情報を伝えるべく走り出す。
 それに続くように勝呂、奥村、千景も駆けだす。その背中に、達磨和尚の声がかかる。

「ほんま堪忍や……竜士、不甲斐ない親父を、許したってや」
「俺は、おとんの詠む経が好きやった。せやから絶対に死ぬな」

あとがき
やっとまともに喋りましたヒロイン!
けど戦闘にはいかない!長い!
次回、やっと戦闘です!見せ場です!乙夜女は不浄王と相性悪いけど!!

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