事の始まりは奥村が奥村先生に相談にしきたことから。隣の席の此花千景という女子生徒が、ずっと洋書を読んでいるらしい。日に日に痩せてやつれていくので、もしや悪魔の仕業ではないかと思ったらしい。俺もその場に居合わせたので、身の程知らずではあるが付き添いを許可してもらう。
奥村と奥村先生によって教室から引っ張り出された少女は長くてまっすぐな黒髪を靡かせて、一般的に言えば整って品の良い顔立ちをしていた。しかし纏う雰囲気はとげとげしく、どことなくやつれた印象がある。奥村先生の様子を見る限り、魔障を受けているのだろう。
「なあ勝呂、なんの悪魔だと思う?」
「そらぁ…今んとこ呪物<フェティシュ>が一番濃厚やろ」
「ふえ、ティッシュ?くしゃみしたのか?」
「くしゃみでもティッシュでものぉて、呪物<フェティシュ>や!!氣の王 アザゼルの眷属で、霊<ゴースト>が物に憑依した物で、大抵の場合は持ち主に不幸が訪れるんで、呪いの〜なんてよう呼ばれとる!」
「じゃああの本か?」
「恐らくはな」
俺は此花が自分と奥村に気付いていないことに気付いていた。悪魔というのは甘い言葉で囁き人間の深いところへ入っていく。懐に入れて仕舞えば、人間は壊されないようにと悪魔を内に飼って守ろうとする。そうすることで悪魔は人間から生気を奪って力をつけるのだ。
勝呂は悪魔に取り憑かれた少女を憐れに思ったが、同時に酷く醜いと思った。それは悪魔は絶対の悪と認め嫌悪しているからだ。
当初の手筈通りに千景の後ろに回り込んで奥村先生の作った隙に渡された薬を吸わせたハンカチを押し当てる。そもそも男女の体格差もかなりあるし、彼女は酷く弱っていた。押さえ込むのは容易い。むしろ手折ってしまわないかと少し不安になったくらいだった。
やがて眠って脱力した彼女は少し重たくなるが、やわな鍛え方はしていないのでそのまま支えて、楽な姿勢にしてやる。
「この様子ならまだ根は深くない。大元を絶てばすぐに回復するでしょう」
「じゃあ…やっぱり呪物ですか」
「さすが勝呂くん。ご名答」
「…なあ、雪男。こいつってこれから悪魔が見えるようになるのか?」
「これは完全に魔障だ。そうなるだろうね」
その後正十字騎士團の医務室に運び込まれた此花は穏やかに眠っている。呪物は奥村先生の聖銀の弾丸を受けてただの穴のあいた本に戻った。
ぱらぱらと捲ると彼女が訳す時に使っていたであろうメモが落ちて、それを読めばなんとなくの内容が理解できた。ファンタジーのラブストーリーで、自分とは縁のないものだとすぐに本を傍へやった。
「…ん……」
女性の声に俺は弾かれたようにベッドに横になる此花を見遣った。彼女は眉間にしわを寄せ、口からは声にならない唸り声を漏らしており、分かりやすく魘されていた。
寝かせておいてやろうと思ったが、魘されていては仕方ない。強引に揺すり起こすと、此花はそろりと瞼を開けた。
「大丈夫か?」
「おはようございます…」
此花は寝ぼけているのか、自分の置かれた状況を理解していないようで呑気に挨拶する。とりあえず俺も挨拶を返し、ぎゃあぎゃあ煩い奥村をして引っ張っていった奥村先生を呼びに席を立つ。
戻ってくると此花はぼーっとした様子で穴のあいた本を眺めていた。
「此花さん、信じられないとは思いますがこの世界には悪魔というものがいます。そして此花さんが読んでいたこの本にも、呪物という悪魔が潜んでしました。悪魔によって此花さんは魔障という、生気を吸われたりといった被害を受けました。この魔障によって、これから此花さんには悪魔が見えてしまうようになりました」
奥村先生はにこやかに、しかし真剣で淡々と事実を語っている。此花はこくりこくりと頷き、それを黙って聞いている。
「僕は実はその悪魔を祓う 祓魔師を務めています。申し訳ありません。これから此花さんが悪魔に怯える生活にならないよう、僕たち祓魔師は全力で取り組みます」
「俺は此花と同じクラスの奥村燐だ!俺は雪男と違って、まだ祓魔師じゃなくて訓練生だけどよ、なんかあったら頼ってくれよな、此花」
「此花じゃない!私は、皇千景。そうだ、全部思い出しました…。あ、あの、奥村さん 吸血鬼は、吸血鬼はこの世界にいますか?」
「え、ええ。非常に稀な個体で僕もまだ見た事はありませんが、図鑑にも載っていましたし恐らくは…。ただ中世の魔女狩りといった疑心暗鬼の風習で、かなり数を減らしたとか…」
「そうですか」
あとがき
相原隊長のあの場面、本当に感動しました。別の隊で普通に戦って死なすのも良かったのですが、ヒロインの純粋な吸血鬼に対する殺意や、キチガイなところを表現するために自害してもらいました。結構気に入っています。
祓魔師になり吸血鬼を狩ることを決意するヒロインです。これからの活躍に乞うご期待、です。