合宿と友千鳥

 次の日から千景は塾に通いだした。授業態度は真面目だが、知識やその界隈の常識がからっきしな分、テストの点数は伸び悩んでいた。
 志摩は相変わらず容姿端麗な千景に鼻の下を伸ばしているが、千景の能面のような表情のない顔に若干心が折れかかっているようだった。

「勝呂くん、称号<しょうごう>とは何ですか?奥村先生に貴方は非常に優秀だと伺いました」

 ひらり、と千景がチラつかせるのは先日配られた候補生<エクスワイア>昇格試験の対策のために合宿を行う、そのお知らせだった。その下の部分には希望称号に丸をつける欄があった。

「称号<しょうごう>ちゃう、称号<マイスター>言うんや。悪魔と戦う方法は色々あって、向き不向きがある」

 俺にはなかなか教えてくれなかったのに!と奥村が騒ぐが、初めから塾に通っていた奥村と、最近通い始めたばかりの千景。当然扱いに差が出るだろうと勝呂は奥村を睨みつけながら解説していく。
 主に刀剣で戦う騎士<ナイト> 銃火器で戦う竜騎士<ドラグーン> 詠唱で戦う詠唱騎士<アリア> 召喚した悪魔を使役して戦わせる手騎士<テイマー> そして、魔障を癒す医工騎士<ドクター>

「千景ちゃんはどれ取らはるん?」
「…騎士です」

 わずか数日間で千景は志摩の性格を理解したらしく、能面ながらも嫌そうな雰囲気を滲ませる。しかしこの場で答えないのも不自然に思ったのか、苦々しい表情をしながらぽつりと答えた。それに勝呂と三輪は申し訳なさそうにしながらも、気になるからか志摩を止めようとはしなかった。

「へえ!騎士ですか…此花さんが前衛なんて、勝手なイメージですけど意外でした」
「此花って呼ばない頂けますか。私は皇千景です」

 こうして千景は此花と呼ばれることを嫌う。同じクラスの奥村によると、クラスでも拒んでいるらしい。先生は基本的に名字呼びなため、千景もそれは指摘出来ないようだが、それでも嫌そうな顔をするようだ。

「皇はなんで此花って呼ばれたないんや?」
「確かに私は昔此花千景でした。けれど私は皇家の養子になりました。私は皇家の人間です」

 養子。そのパンドラの匣のような踏み込んではならない雰囲気に、その場にいた全員が口をはんだ。千景本人はそんなこと気にも留めず、書類を埋めていく。合宿の参加欄には当然のように、はい に丸がついていた。

「そこまで」

 奥村先生の合図で全員が回答をやめた。ここは合宿の会場である正十字学園男子寮旧館であり、その一室でペーパーテストの対策のための、小テストが行われていた。おバカ代表の奥村は終わると同時に頭を冷やす為に外へ出て行った。
 対する千景は熱心なもので、あの難問ばかりの小テストをもう一枚貰って調べながら回答を作っているようだった。それに真面目な勝呂や三輪は感心して自分の知識の限り千景に教えていた。ちなみに他に居る女子の三名は早々に風呂に向かっている。志摩はそちらに関心があるようで、落ち着きがなかった。

「うはは 女子風呂か〜ええな〜 こらら覗いとかなあかんのやないんですかね」
「志摩!お前仮にも坊主やろ!」
「また志摩さんの悪いクセや…」
「…一応ここに教師がいるのをお忘れなく」

 テストを確認していた奥村先生が声を上げる。数瞬沈黙が訪れるが、志摩が「教師とはいえ自分と同じ高一だ、無理するな」と言い寄るが、奥村先生は無謀な冒険はしない主義だと言って一蹴する。
 かっこつけやん。とブーブーまだ文句を言う志摩は千景の存在を思い出したのか、ターゲットを変更した。

「なあなあ、千景ちゃん。千景ちゃんてタイプどんななん?」
「……考えたことがなかったので…でもまあ、強い人でしょうか?」
「えー、俺結構やるときはやる男ですよ?俺にしときません?」
「臆病な人を私は強いとは思いません」
「諦めや志摩」
「骨は拾ったります」
「坊も子猫さんも酷い!」

 その時、甲高い悲鳴が旧男子寮に響き渡った。全員がハッとした表情を浮かべ、女子風呂を目指す。
 奥村先生が洗い場に飛び出して屍<グール>を撃つ。屍はどこかへ逃げ出してしまったが、危機は一時去った。
 魔障を受けた朴の側には杜山が居て、使い魔の緑男から生えたアロエを刈り取って火傷になった患部にあてていた。

「屍系の魔障は対処が遅れると命取りになる可能性があった。この処置は正しいです。しえみさんが居なかったらどうなっていたか…」
「杜山さん、ありが と」
「うん!」

 千景は屍の悪魔について頭の中で整理しつつ、対処方法をインプットしていた。その作業が終わると、屍の消えていった風呂場の細い天窓を見遣る。

「奥村先生、追いますか」
「いえ、深追いは禁物です。応援を要請して侵入経路と行方を捜索させます。あれは中級以上の屍なので本来なら学園に施された強力な魔除けによって弾き出される筈です。ですが稀にこのように入り込みます。なので普段から気を引き締めるように」
「はい、分かりました」
「それより兄さん。なぜ裸に…」
「…なりゆきで…」
「……はぁ、じゃあこの露出狂はほっといて行きましょうか。勝呂くん、朴さんをお願いします」

 千景はいや俺が…と手を挙げかける志摩の肩に手を置く。

「志摩くんは絶対ないです」

 ガーンとあからさまにショックを受ける志摩の向こう側で三輪がうんうんと頷いていた。



あとがき
基本的に敬語を話すヒロイン。今までにないキャラなので動かしづらくもあったり。
ヒロインは人づきあいが苦手ですが、その分人を分析する力に長けています。ですから、なんとなくその人の役割のようなものを観察して分かっているのだと思います。
ちなみに色恋に関しては誰よりも無頓着で、男より男らしい…が設定です。

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