襲撃再び

 その日学校の通常授業を終えて塾に向かおうとする。そういえば今日は奥村がサボったな、と思いながら適当な鍵穴のある扉を探す。昨日は奥村先生に連れられていたから探す手間はなかった。昨日使った扉でも良いのだが、人気のない場所を選んだせいか少し遠かったので、できれば近くに探しておきたかった。きょろきょろしていると、勝呂が声をかけてきた。彼の後ろには相変わらず三輪と志摩が居た。

「勝呂くん」
「此花…あー皇、どないしたんや?」
「この辺りに鍵穴のある扉がないか探していました」
「確かに、学校やと最近の鍵しかないしな」
「良かったら僕らと一緒行きませんか?」
「お言葉に甘えさせて頂きます。…隣でだらしない顔をしないで頂けますか志摩くん」
「志摩、俺の隣来い」
「んな殺生なぁ」

 京都三人組と一緒に居るとテンポの良い会話が続くので気が楽だった。千景は自分で愛想が足りなくて言葉少ななのを知っている。しかしチームワークの偉大さも知っているので、上手く馴染めない自分にもどかしさを抱いていた。志摩は見るからに軽薄で、千景の苦手とするタイプだ。それでも志摩が居なければ勝呂や三輪とあそこまで打ち解けることはなかっただろう。千景はひそかに志摩に感謝しつつ、この思いは絶対に伝えないと心に決めた。
 彼らに案内されたのは学園を出てすぐにある倉庫だった。三人は千景に気を遣ってくれたのか鍵を使わせてくれた。本当に適当に選んだ扉だったのに、支給された鍵を使うとガチャリと鍵の開く音がした。恐る恐るドアノブを捻って中を見るとそこは昨日入った時と寸分の狂いのない祓魔塾の廊下だった。僅かにだが、確かに千景が目を輝かせているのを見て後ろの三人が微笑ましそうにしているのを千景は知らない。

 その日の授業は神木さんがよく当てられた。元々このクラスでは勝呂、神木が際立って優秀で、次点で三輪といった所だった。故にこの三人は当たる機会が他よりも多かった。ちなみに千景は教科書を見ればすぐに答えのわかる基礎の問題に当てられることはあっても、彼らのように難しい問題では絶対に当てられなかった。教師陣もそれなりに手加減をしてくれているようだ。
 普段なら余裕綽々とした雰囲気でスラスラ正答を述べる神木だが、今日はさっぱりだった。昨日脚光を浴びた魔印の授業でも、専門外だが詠唱騎士向けの授業でも、完璧主義の彼女なら絶対に勉強してくる筈なのに。屍の襲撃と、朴の負傷がそんなにメンタルに影響をもたらしているのだろうか。
 自分の代わりに正答を述べた勝呂がちやほやされてるのを見て、プライドの高い神木には我慢ならなかったのだろう。自分を守るために勝呂を貶す。それがとても醜いと千景は思った。お互い短気なところがある。取っ組み合いの喧嘩になりそうになった所で、その被害は全ていつになく真面目で大人しく課題に取り組んでいた奥村が被った。そして間の悪いことに一部始終を奥村先生に見られていた。

「皆さん少しは反省しましたか」

 なんで俺らまで、と志摩がこぼした。あの後授業を行った。そして全員で旧男子寮に戻って正座させられている。膝の上には石に憑依する悪魔で持つとどんどん重くなっていく 囀石<バリヨン>がいる。奥村先生に向かって上手から田中 皇 三輪 神木 奥村 勝呂 杜山 宝 志摩だ。奥村先生は心底呆れた、と言った表情でため息を一つついて語り出す。

「連帯責任ってやつです。この合宿の目的は "学力強化" ともうひとつ "塾生同士の交友を深める" っていうのもあるんですよ」
「こんな奴らと慣れ合いなんてゴメンよ…!」
「コイツ…!」

 まだ言うか、と勝呂が厳しい視線を向ける。今度は奥村先生が、眼鏡の位置を正しながら一蹴する。

「馴れ合ってもらわなければ困る。祓魔師は一人では闘えない!お互いの特性を活かし欠点は補い、二人以上の班<パーティ>で闘うのが基本です。実戦になれば戦闘中の仲間割れはこんな罰とは比べものにならない連帯責任を負わされることになる。そこをよく考えて下さい」

 奥村先生はこれから任務で三時間ほど席を外すらしい。千景は先生の居なくなった途端衝突を始める神木と勝呂に何と声をかければ良いのかわからなかった。生死を賭けて、己の全てで戦った事があるのはこの中でおそらく千景だけだろう。千景はチームワークの良さで実力以上の能力が発揮できること、悪いと互いに足を引っ張り合うこと、チームワークの善し悪しで生存率が格段に違うこと、それらを知っている。先輩としてなんとかした方がいい事はわかっているのに、口下手な性分なせいでどうしても上手く口を挟めなかった。

「神木さん」
「何よ!?アンタもアタシに説教?」
「…私は仲間に壁を作りたくなる気持ちが分かります。失った時、辛いですもんね。神木さんが何の為に祓魔師になりたいのか、それは当然私の知る所ではありません。ですが、チームワークの何たるかを理解していない祓魔師は、おそらくすぐに死ぬでしょうね。その時神木さんは作っていた壁の分、悲しんでくれる人も居ません。それで良いというのなら、私は何も言いません。でも、自分が死んだ時遺体を回収しようと思ってくれる人、弔う気持ちのある人が居ないのは…切ないものですよ。戦場で孤独に、醜く、朽ちていくのは」

 千景が前世の記憶を、人格を継いでいることは勝呂と、奥村兄弟しか今の所知らない。話す機会がなかったというのも大きいだろう。知らなかった人たちも、どこか遠くを見て達観したような、一種の諦めも見える瞳に妙なリアリティを感じて、思わず言葉に詰まる。
 千景のキャリアでは自分勝手に突っ込んで死ぬ人、仲間を死なせた人、たくさんの死を見てきた。戦場では遺体の回収は難しい。重荷になるし、吸血鬼やヨハネの四騎士にいつ襲われても良い状況でそんな事が出来るほど余裕はない。千景は帝鬼軍の制服を着て腐った戦士を見たことがある。その様は目を背けたくなるほど非道く胸を締め付けられるものだった。そのヒトに泣きながら置いていくことに許しを乞うた人は居るのだろうか。居なかったら、悲しいと思った。
 そうしてふと千景は思う。コード284によって自害した千景を含む相原隊と偶然居合わせた小隊。自分たちの亡骸はあの噴水の広場で朽ち果てているのだろうか。遅れてやってきた小隊は、私たちを見て何を思うのだろうか。一瀬中佐に預けられた言伝を、指令を伝えられなかった彼らはどうしたのだろうか。
 気付けば千景はほろりと涙を一筋だけ、流していた。ぎょっとした仲間たち。ひどい慌てようだった。千景は目尻をそっと撫でてたまっていた涙を拭うと、安心させるように微笑んでみせた。その笑顔はハタから見れば痛々しいものに思えた。
 その時、フッと電気が消えた。周囲を確認しても深い闇に包まれて何も見えなかった。志摩が携帯を出して明かりを灯す。それに習ってみんなが携帯を出した。停電かと思ったが、窓から見える周りの建物の電気は普通についていて、そうでないとわかる。志摩がわくわくした様子で廊下に出ようとドアを開ける。

「……なんやろ、目ェ悪なったかな…」
「現実や現実!」

 志摩はすぐにドアを閉める。木が割れる大きな音を立てて、廊下に居た昨日の屍が中に入ってくる。志摩は間一髪でみんなの所に避難していて、今の所無事だ。奥村先生は昨日のことを受けて魔除けを張っていくと言っていたにもかかわらず、二度も侵入を許すとは。千景はこの世界の結界は穴だらけなのかとどこか見当違いな感想を抱いていた。
 屍の縫い目がむくむくと膨れ上がり、飛沫が上がる。それをもろに受ける一同。咄嗟に杜山が使い魔に "ウナウナくん" をだせるかと頼むと、腹から逞しい木の根が生えてグールの居る入り口とみんなの居る場所との間にバリケードを作った。その時ふと感じたのは身体のだるさだった。

「くらくらする…」
「あ、熱い…」
「ゲホッガハッ」

 全員が体調不良を訴える中、一人平気な顔をしていた奥村。神木は弾けた屍の体液を被った所為だと冷静に分析している。勝呂は床に座り込みながら、絶望的だと言わんばかりに呟く。

「なんとか杜山さんのお陰で助かったけど…杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…。そうなったら最後や」
「雪男の携帯にもつながらねぇ!」
「凄い勢いでこっち来てる…!」
「屍は暗闇で活発化する悪魔やからな」

 奥村はバリケードの向こうに見える屍二体をぎりりと歯を食いしばりながら見つめる。そしてどこか不敵な面構えで囮になると言い出す。

「俺が外に出て囮になる。二匹とも上手く俺についてきたらなんとか逃げろ。…ついてこなかったら、どうにか助けを呼べねーか明るく出来ねーかとか何とかやってみるわ」
「はぁ!?何言うとるん!?」
「ば、バカ…!?」
「俺のことは気にすんな、そこそこ強えーから」

 奥村はバリケードをすり抜け、外に出る。追って行った屍は一体だけだった。結局どうするのかと慌てる志摩をなだめたのは勝呂だった。勝呂は奥村に触発されたのか、心に決めた顔をして、言った。「詠唱で倒す」と。



あとがき
出雲を説教するシーンは書きたかったシーンでもありました。
終わりのセラフは本当に荒廃した世界でしたから、きっと蛆虫にたかられて腐って朽ちた人間とかも転がっていたと思うんです。ヒロインはそれを目の当たりにして、戦場で華々しく散ることを望んでいながら最期の最期はああなることを恐れていました。
死を恐れないけれど、忘れられることが怖かったんだと思います。だからヒロインは冷静な中で死者に対する敬意や弔う気持ちを誰よりも持っていると思うんです。

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