遊園地と霊と彼と、

「皆さん初任務どうしはりました?」

 三輪君は蛙蟇のオリ掃除、勝呂君は山奥の現場まで物資運び、志摩君は多摩川まで囀石採り。雑務ばかりだ。奥村は悪魔を退治してその上使い魔にしたそうだが、正直よく分からない。奥村は後から入って決定的に悪魔の知識の乏しい千景や杜山にすら劣る学力の低さの持ち主である。しかし、候補生昇格試験の際にネイガウス先生の使い魔を退治したそうだし、もしかしたら普段は道化師をしているだけなのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すというが、本当にそうなのだろうか。
 千景が奥村に視線を送っていると、奥村がこちらに気付いた。興味深そうに千景を見て「お前は何やったんだ?」と無邪気な顔をして訪ねてくる。

「…私はまだこの世界の敵を知らなすぎる。こんな状態で任務に出ては足手まといになるからと辞退しました」
「ひぇー…俺たちまだ訓練生だぜ?」
「いつ何時大物が来るか分からない。その時先輩方に迷惑をかけるわけにはいきません。今はとにかく、知識をつけなければ」

 呪術やラテン語・英語というのは吸血鬼と闘うのに必要な知識であったから、なんとなくわかる。しかし、悪魔にはそれぞれ致死説というものが存在する。聖書や経典の言葉が、いや言霊が悪魔を殺す。聖書や経典というのは中々な量であるし、つっかえたり間違えたりすれば言霊は消え失せる。完全に覚えるだけではない。さらにその言霊で殺す悪魔を結びつけなくてはならないのだ。ついでに言えば悪魔と対峙する緊張下、しかも生命の危機すらある船上ではまた空気が違う。
 千景は必死になって勉強していた。勝呂や三輪はいい心がけだと、しきりに頷いている。奥村は筋の通った千景の言葉に自信も勉強せねばと危機感を抱いたようだが、どうしても勉強が嫌いなのか難しい顔をしていた。

「遅れました…!」

 集合時間より少し時間をオーバーして杜山さんと神木さんがやってきた。杜山さんは普段着物を着ていたのだが、今日は正十字学園の女子制服を着用している。実はスタイルが抜群だったようで、下心を持つ奥村や欲情にまみれた志摩が揺れる双丘を鼻の下を長くしている。ある意味それが男子高校生として正常なのだが、微笑まし気に見ている三輪や勝呂というやや大人びた人たちを見ていると感覚がマヒしてしまう。
 奥村のちょっかいに奥村先生は、手元に持っていたバインダーで思いっきり奥村の顔を打つ。パンとやたら甲高いいい音が鳴り、奥村が怒鳴るが、さすがは双子のご兄弟。扱いが慣れているようで奥村を無視して奥村先生は説明を始めた。

「えーでは、全員揃ったところで二人一組の組み分けを発表します」

 三輪・宝ペア、勝呂・山田ペア、奥村・杜山ペア、そして人数の関係で神木・志摩・皇トリオ。

「今回はここ、正十字学園遊園地 通称『メッフィーランド』内に霊<ゴースト>の目撃・被害の報告が入ったため、候補生の皆さんにその捜索を手伝ってもらいます」

 霊というのは人や動物などの死体から揮発した物質に憑依する悪魔で、性質は大抵死体の生前の感情に引きずられるのが特徴だ。場所は細かく特定されておらず、パーク内の至る所で目撃されているので探し回るしかない。外見の特徴は“小さな男の子”らしい。被害は手や足を引っ張るなど、いたずらの範囲内で収まっている。
 しかしそれで油断してはならない。悪魔はずるがしこい。今はいたずらで済む被害でも、いつか死者すら出てしまう程悪質化する恐れだってある。今のうちに対処すべき問題だ。

「なぁなぁ、出雲ちゃーん。なぁなぁ、千景ちゃーん」
「…なによ」
「これって俺めっちゃついてません?まさに両手に花!」
「はぁ…くだらな」
「出雲ちゃーんひっどー!俺悲しゅうて泣いてまうわ…」

 と言いながら顔を両手で覆う志摩。しかしその指は開かれており、しっかり両方の目で千景を捉えている。千景はサッと志摩から視線を外して霊のいそうなスタッフルームへの入り口らしき路地を覗いたりする。

「これ日暮れまでって無理なんじゃないの?」
「小さな男の子ですし、内容はいたずら…。こうして探していれば霊がとる行動は2パターン考えられます。イチ、逃げる。ニ、様子を見計らって私たちに不意打ちのいたずらを仕掛ける」
「イチだったら本末転倒ね」
「ここで志摩君に質問です。目の前にお楽しみがあるけれどそれにはリスクがある。志摩君はリスクを冒してでも楽しみを選びますか?」
「んー…お楽しみにもよるな」
「では…そうですね。たとえですが、一日中神木さんが構ってくれる、とかはどうでしょうか」
「ちょっと気持ち悪い例出さないでよ!」
「それならもちろん、出雲ちゃん…やなくってお楽しみをとるで?」
「男の子の意見はこうなので、志摩君を参考にして探してみましょう」

 しばらく探したが、霊は見つからなかった。途中でジェットコースターの一部が崩壊して、いよいよ霊が悪霊にでもなったのでは、と考えた。そちらへ向かおうと走り出してしばらく、地鳴りもだいぶ治まったころに奥村先生から集合がかかった。慌ててそちらへ方向転換すると、炎のような長い髪を靡かせた、志摩曰くけしからん体つきの女性が奥村の頭を脇に挟んで拘束していた。
 女性は恐らく山田君だ。何故性別を偽っていたのかは千景には計り知れない。しかし、人のそれより優れた嗅覚と第六感があれは山田と同一人物であると判別した。ついでに彼女の纏う衣服は上はビキニだが、下は男子の制服であるから間違いないだろう。

「どないしたんやろ…」
「それにあのケガ、何があったんですか?杜山さんは奥村君とペアでしたよね」
「分からないの…。でも、燐は何も悪くないよ」

 そういうことじゃない、と思いはしたものの、当事者を抜きにして憶測でモノを語っても何も得られない。千景は早々に諦めて既に書き込みでいっぱいの聖書の文字の羅列に目を落とした。



あとがき
ヒロインの初任務を誰かと一緒にさせるか、いろいろ考えたんですけど、うちの子なら断りそうだな…と思ったんです。
それで、先生に気に入られそうです。ヒロインは学ぶことに対して貪欲なので、先生受けはいいと思います。人付き合いは苦手と言いながら、一回パスしたら次までにその分しっかり学んで任務をこなす。単にビビっているわけでないので、先生受けが本当に良さそうな子だなぁ…と。うらやましい限りです。

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