絵本のようにはなれない

 お誕生日おめでと〜!大きな声と、大きくなにかがはじけて俺の顔へ襲いくる。きらきらと、金色だとか銀色だとか青だとかのちいさな紙が振ってくるから手を払って、瞬きを数回繰り返す。

 「おめでとう伏黒!」「おめでと」「恵ももう16かぁ〜」虎杖、釘崎、五条先生はうんともすんとも言わずにしつこくまばたきを繰り返す俺に好き勝手に祝いの言葉を押し付けてくる。これ、なんだ。「おう……」というシンプルな二文字のほか俺の頭に浮かばなくて、3人から逃げるようにふらふらと自席へ向かう。

 しかし右から虎杖につかまれ、もう一方の左を釘崎が捉え、俺の席に五条先生が勝手に腰掛ける。そのまま「お誕生日おめでとう」と3人の声がかさなる。あれよあれよという間に虎杖の字で『本日の主役』と書かれたタスキがかけられた。圧がすごい、祝うってなんだよ。流石にここまで逃げも隠れもできないほどに、しかも恥ずかしいぐらいのストレートにつたえてくるから俺も肩から力を抜いてあいつらに白旗をあげて完全降伏をする。

「……ありがとう、ございます」

 祝ってもらって嬉しくないわけじゃない。でも俺にとって誕生日はそこまで大きなイベントではない。もちろんいままでだって津美紀や五条先生が祝ってくれていた、津美紀がホールケーキを作ってくれたのだって嬉しかったし、今も覚えてはいる。それでも、生まれてきてくれて、という枕詞を聞いてしまうと、喉から嫌な味のするなにかがせりあがってくる。
 それは今日も変わらない。ただ、気を張るだけ無駄だと思い知らされただけ。

「そして!ちゃんと、感謝が言える恵には!なんと!素敵なプレゼントがあります!」

 はい、拍手〜!とまるで自分の誕生日かのようなテンションで、五条先生が指揮者の真似事をする。はぁ……と俺もなんとなく拍手を返す。あんまり逆らわない方がこの茶番は早く終わってくれるような気がする。
 
「ちょっと、もっと全身全霊で喜びなさいよ」
「そうそう! 思うよりすげぇ大変だったんだからな」
「……そりゃ悪いな、五条先生の発案だろ」

 おもちゃみたいに死んだ目で両手を叩く俺の脇腹を釘崎が不満げにつつく。わざわざ俺のために開いてくれるのはありがたいけど、正直ここまでされると逆に戸惑うし、やるせねぇ。
 なによりも、こんなことを考えつくのは100%五条先生だから、あのひとの手のひらの上で踊らされ転がされおもちゃにされているのだと思うと無表情になるってもんだ。
 赤い油性マーカーで書かれた本日の主役というタスキが視界の端に映り込んで、思わず溜息をつく。まさか16になってこんなもんをかける日がくるとは。今まで中学のときに遠巻きでみていたようなパーティがいま自分を取り囲んで起きている、そう思うと背中がむず痒くてしかたない。

「恵!ほらこれプレゼント。開けて後悔はさせないよ! 恵が気にいること間違いなし」

 ほんとうに気持ち悪いぐらいにテンションの高い五条先生に手のひらにちいさな箱を押し付けられる。ちいさな箱。きれいにラッピングされているけれど、箱はすごく軽くて、びっくり箱とかじゃないだろうな。と失礼な予想が頭を過ぎってしまってのは一重に日頃の態度の悪さが所以だから許してほしい。
 五条先生の真意を確認しようと、楽しそうに上がっている口角しかわからない。流石に俺には五条先生の黒い目隠しの先はわからない。

「先生、釘崎! 一旦教室出ようぜ!」
「えー」
「伏黒もここまでみられてると恥ずかしいだろうし!」

 つまらなそうな声を上げる虎杖は五条先生の腕を掴んで立たせて、目配せを受けた腕を組んで仁王立ちをしていた釘崎も溜息をついて俺に「ちょっと席外すわ」と廊下へ行ってしまった。てこでも自分で動こうとしないダメな大人の五条先生の背中を押している虎杖は、あ、とこぼして俺の方を振り返る。

「それちゃんと堪能しろよ、伏黒!」

 「じゃ、また後で〜!」と明るい声と共にぴしゃりと教室が閉められる。いやなんだよ。急に祝ったかと思ったら去って、謎の爽やかなやり切った感を醸し出して行きやがった。祝ってくれるのはすごく嬉しいとは思うは思うけど、これは散々振り回されているだけではないだろうか。
 はぁ、と俺の溜息が誰もいない教室に大きく響いた。

 俺の手のひらにあるちいさな軽い箱に手をかける。虎杖と釘崎を信じろ、それにいくら発案が五条先生でも無意味に揶揄うことだけをすることはない。きっと、多分。ゆっくりとクリスマス使用になっている紙を剥がしてゆく。最後に箱の蓋にくっついたセロハンテープをカリカリと音を立てつつ格闘する俺のスラックスのポケットが震えて着信音が鳴る。

 着信は『虎杖』。さっきあったばかりだろ、と思いつつスライドして電話をとる。もしもし、という声よりさきに虎杖が叫ぶ「みょうじ先輩!どうぞ!」は?みょうじさん?虎杖の言っている意味が掴めなくて「みょうじさん……?」と聞き返す。

「え……あっやべこれ伏黒じゃん。間違えた」
「なにがみょうじさんだよ?あの人もなんか絡んでんのか」
「……楽しめよ、伏黒!」

 おい、ともう一回声をかけるけどじゃっ、と勢いよく電話を切られる。ツーツーという音が聞こえて、はぁ、と溜息をついて眉間を押さえる。意味わからん。この状況ってなんだよ、つまり。

「恵ちゃん、ハッピーバースデー!」

 聞こえた声に眉間を押さえる手により力がこもった。どうやら俺はだいぶやられてるらしい。これは寝不足だなとまぶたをおろす。恵を閉じても「恵ちゃん?」と俺を呼ぶ先輩の声がする。これは流石に五条先生に爆笑されても言い逃れできないほどまずい。たしかにあの人は地方任務でここ1ヶ月会えてないけど。

「もしかしなくても恵ちゃん怒ってる?」
「違います」
「口だけじゃん、恵ちゃん誕生日おめでと」
「……ありがとう、ございます」

 髪を掻き回されて渋々まぶたを上げる。ぐいと天井の方に顔を向けられて、先輩の毛先が頬をくすぐる。やめてください、と先輩の顎をとおざける。触れてしまった、このひとは俺の妄想の産物ではないらしかった。

「みょうじさんいつ入ってきたんですか」
「術式でちょいちょいっと、っていってもあれだよ、数十分のタイムスリップ」

 先輩の術式を思い出して思わず顔をしかめる。さっきの電話でグルなのはわかっていたけど、わざわざ俺がくるよりさきにきて座標を確認していたなら暇人にも程があるだろ。座標を知らなきゃこんなスムーズにこないだろうから、先輩の遊び心には一周回って敬服する。

「みょうじ先輩、まさか『プレゼントはわたし』じゃないですよね?」
「恵ちゃんはわたしのことなんだと思ってるの? 流石にそんな痛いことはしな……」

 尻すぼみしていきそのまま引っ込んでしまった先輩の声に、ああ、とこの人でさえも被害者だと思い知る。二人そろって表情が無になる。

「悟ならありうる……」

 はぁ、と大きな声で溜息をつく。ですね、という言葉すら使うのが面倒くさくて天井を仰いだ。

「わたしは恵ちゃんのお誕生日パーティーにサプライズで参加するって聞きてたのに」
「最初からこうするつもりでしょう、五条先生だし」
「悟だしねぇ」

 先輩が溜息を通り越して床に座り込んでしまう。さっきと同じやりとりなのが先輩の心をえぐっているらしい。うう……とうめく先輩の黒髪が耳からさらさらと落ちる。思わずそのまま見つめてしまっていたせいで、先輩が俺をじっと見上げる。

 妙な沈黙が教室を支配してくるから、いたたまれなくて目を逸らす。久しぶりに会うからどんな顔をしているかの想像がつかない。流石ににやけていたらどうしようもなく恥ずかしいから嫌だ。
 先輩の手が俺の頭に伸びる。「さっきもやってたでしょ」と手をはらおうとするけど、先輩は「いいでしょ?」なんて笑ってやめてくれない。さっきと違って、その笑顔を見てしまうと先輩の手首を捕まえようとした手が固まって、ぐらぐらと膝のあたりまで下がってしまう。……クソ、ひとつしか違わないくせに。

「恵ちゃん」
「なんですか。とっとと手、退けてください」
「生まれてきてくれてありがとう」

 先輩がそういうから、思わず腕に先輩を閉じ込めた。


それを見られて先生たちに揶揄われるのは、また別な話。

19.12.22

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