ピンク・プラネットへ手を取って
「恵くん、見て」
気を抜いたらすぐにわたしをおいていこうとする彼の服をぎゅっと掴んで引いた。私服のくせに制服みたいな黒い服を着た恵くんはつんのめって、わたしを恨めしそうに振り向く。なんだよ、とは言わないけれど、視線はいかにもそう言っている。美しく煌めく翡翠の瞳はわたしだけを映していて、ちょっと照れ臭いけれど、嬉しい。けれど、わたしは自分を見て欲しいから足を止めて、というほどワガママではない。だから、わたしは、恵くんの右手の温もりを握ったまま、ほら、と左側に広がる民家のコンクリートの塀の方を指差す。ずっと恵くんは車道側を歩いているから。
「桜か、そういえば満開になったんだったんだか」
「そうね。昨日発表されてたの思い出して、ちょっと探してたの」
「……道理でオマエ今日は落ち着きねぇなって思ったわ」
「そんな顔する?」
恵くんはいつもよりうんざりとしたような視線をわたしへやる。いつもならもうちょっと穏やかな顔してくれるのに。わたしたちの横を自動車が通り過ぎる。風はわたしの頰を撫でで、髪もぐしゃぐしゃにしていく。そのおかげで一生懸命に梳いた髪は無意味になった。無意味な抵抗とわかっていたけれど、手櫛で前に吹っ飛ばされてきた後ろ髪を元に戻そうとする。けれど自然は空気を読めないのか、またしっちゃかめちっちゃかにしていく。なによ、自然こそ空気ですってことなの?下らないことを考えなから、また視界を塞ぐ自分の黒い髪を恨めしく思う。やっぱり野薔薇ちゃんみたいにショートカットにしようかな。
はぁ、とため息をついてなんとかすっきりとした視界を手に入れる。けれど、恵くんはわたしをじっと見下ろしてくる。視線の集中しているらしいつむじがちょっと痛い。なに?と聞こうとしたけれど、恵くんの指がこちらに伸びる。
「んなびびんなよ」
「ごめ……なんか、口数少ないし……怒ってるのかなって」
「誰だってこんな風が強い中で饒舌になんねぇだろ」
「それもそうだけど……今日お花見できなかったら散りそうだったから」
「もうちょっと待てよ」
20.03.20 伏黒恵 拍手御礼