みどりゆらゆら

窓から抜けるような青空が見える。

淡いグリーンのワンピースの柔らかな裾をひらひらと指で弄ぶ。この前、ちょっと背伸びして買ったワンピースはまだ透明なビニールがかかったまま。
一目惚れして買ってしまったのはいいけれど、忙しくて袖を通すタイミングを逃していた。

けれど、今日は日曜で高専でも授業はないし、ラッキーなことに任務もない。完全なるオフの日だ。何週間も前からずっと指折り数えて楽しみにして来た日。せいぜいいつもの休みで出来ることなんて半日中惰眠をむさぼることぐらいなので、それ以外のことを過ごしたい。

そういえば硝子も今日はオフって言ってたな、と最初の予定はわたしは隣の部屋へと突然することとした。
浮かれた気分でそのまま硝子の部屋をノックする。「硝子〜!」と呼ぶこと5回。ノックは3回を5セット。硝子や悟と遊ぼうというならここまでしつこくなくてはならない。

わたしだってそこまでするか?とおもわなくもないけど、休日にひとりで過ごすのはもったいないし寂しいし、同級生は男女合わせて全部で4人なのだからこうなるのも当然。

「あ。硝子、やっと開けてくれた」
「……寮の部屋にインターンフォンなくてよかったかもって思ってる」

なるほど、と頷く。脳裏によぎるはいつもケラケラ笑う五条悟の白髪。サングラスを鼻の下のほうに引っ掛けて、日本人ばなれした青い瞳をのぞかせるのを思い出す。

「悟は、ぜっっったいピンポンダッシュとかするよね」
「そういう話じゃないから。わざと話を逸らすなよ」
「あはは、冗談冗談」

硝子からの冷たい視線にすこし落ち込みつつ、本題だけどさ、と切り込んだ。

「今日休みならどっか遊びいかない?」
「面倒くさいからやだ」
「つっめたいな。まぁいいけど……わたしも洗濯とか掃除しようかな」
「じゃ、そういうことで」

肩を落としたわたしにすげなく硝子はドアをしめる。これ以上冷たい!と繰り返し言うのはやめる。硝子には硝子のスケジュールがあるもの。というかわたしですら忙しくて疲れているのに、硝子が疲れていないはずかがなかった。

「どうかしたのか?」

後ろからひょっこり、と傑がわたしを覗きこむ。へんなかおしてるな。と笑うので、ちょっと恥ずかしくて右腕で傑の視線をカットする。

「あ、傑。硝子をデートに誘ってみたの」
「結果は?」

顔は見えないけれど、声がもう笑っている。きっと口元に右手が添えられていて、弧を描く口を隠している。みえなくたって、わかってしまう。

「わかってるでしょその感じ……。見事、鮮やかに、振られました」
「残念だね」

沈黙。傑が黙ってしまうのでわたしもどうしよう、とそのまま思考停止。続きそうで続かない会話に戸惑っていると、傑がわたしの名前をよぶ。恐る恐る右腕を退けて傑の表情を伺う。

「私と一緒に遊びにいかないか」
「……え?硝子によって傷ついた心を慰めてくれるの。いや、遠回しでわたしは二流のアイアンハートっていわれる流れ?」
「どうしてそんな風に解釈するのかな……。純粋に、出かけたいだけなんだけれど」

即答した、あまりに自虐的なそれに傑が呆れた顔を見せる。純粋に出かけたいだけって言われると、勝手な甘い空想ばかり浮かんできてしまう。そんなわたしを追い払いたいからか、いつもより自虐にキレがある。

「だめかな?」
「だめ、じゃない……」

掠れた声で、けれど今度は腕で顔を隠す前に、やんわりと捕まえられてしまう。そんなのあんまりじゃないか。と視線で訴えてみるけれど、傑はいたずらっ子のように笑うだけ。もう、と傑に小さく息をつく。

「どこいくの? わたしは特にプランはないんだけど」
「そうだな……春の新作でも飲むかい?」
「あはは! デートみたいだね」
「私はそういう認識だったんだけれど。君の認識では違ったのかい?」

一旦着替えて来た方がいいかな、と自室に向かっていたわたしの足が止まる。今日の傑はやけに爆弾を落としてくるな、と意図の掴めない展開に目をみはる。それってどういう。

「なー、傑。この後借りて来た映画……って、なんだよオマエもいんのかよ」
「悟。人の顔をみて嫌そうな声を上げるんじゃないよ。失礼だろう?私にも彼女にも」

黒いガラス越しの目がすっと細まる。五条とわたしは別に仲が悪いわけじゃない。ただ、馬が合わないのだ。

「じゃーオマエもくるか?映画鑑賞」

ゾンビ映画だけど、と続けられた言葉に顔を歪める。グロいのはだめ、それに五条がもってくる映画は基本的に好みじゃない。これでもかと好みじゃないのだ。
だから行かないと首を横にふる。傑との外出、もとい『デートのようななにか』はまたお預けかな。そう小さく息を吐いた。

「いや、私達はこれから出かけるんだ。すまないな、映画鑑賞はまた後日にしよう」
「……ちょ、傑?!」
「あー、はいはい。やっと傑にチャンス到来ってことね」

呆れたようにわたし達にひらひらと手をふって五条が背中を向ける。ああ、なるほど。とさすがのわたしも合点がいく。顔が熱くて熱くて顔をあげれない。とりあえず確かなのは。新しい春色の可愛いワンピースの出番だってこと。

20.02.23

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