テヒョンと付き合って季節がひとつ移り変わった頃、仕事で出向いた先にあの人がいた。


「あ、ユンギ、」
「ヒョン……」


仕事の合間に空いた時間でトイレに向かうと、そのタイミングでヒョンがトイレから出てきたのだ。
久しぶりの再会、ふたりの間に気まずい空気が流れる。
別れてから会うのは初めてで、お互い言葉に詰まってしまうのは仕方がなかった。


「久しぶり……相変わらず細いなぁ、ちゃんとご飯食べてるか?」
「食べてます、一応、それなりに…」
「そうか。それならよかったよ」


こうやって会話するの、いつぶりだ。
俺より高いその身長を少しだけ見上げると、目の下に隈が出来ていることに気がついて驚く。
……あれ、そう思うとなんだかこの人、痩せただろうか?
改めて、久しぶりに見るヒョンは元気が無いように感じた。


「じゃあな、」
「あ、待ってください、ヒョン!」


俺が考え込んでいたせいで沈黙が続きヒョンはそのまま去って行こうとしたけれど、思わず引き止めてしまった。
お節介だと分かっていても、好きだった人をこんな状態のまま放っておくなんてできるわけがなかった。


「ごめんなさい、少しだけ話せますか?」


ヒョンは少しだけ驚いた表情を見せたけど、わかった、と一言呟いて、俺に向き直ってくれた。





◇◇◇





さすがにあのままトイレの前で話すのも気が引けて、ビルの屋上に移動した。
快晴の空の下、浮かない表情の俺と、ヒョン。
ビルの下からは車の走る音や人の声が響き渡っている。
手すりに寄りかかり、横に並ぶヒョンの顔を覗き込めばやっぱり顔色の悪さが気になった。


「ヒョン、顔色悪いですよ」
「そうかな、」
「そうですよ、体調悪そうっていうか、あまり寝れてなかったり、とか」
「あぁ、まぁ、仕事が忙しくて…」


ああ、ほんと。
何年もこの人と一緒にいたから分かる。
……これは絶対嘘だ。
確かに仕事が行き詰まると徹夜することも度々あるが、それでもこの人が今言ってるのは確実に違う。
たぶん原因は。


「…俺、ですか?」
「え?」
「俺のせいで、ヒョンはいまそんな状態なんですか?」


俺の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情したヒョンは、はぁ、とひとつため息をついた。


「ユンギヤ、そういうのは分かっても言っちゃダメだろ」
「仕方ないでしょう、だってヒョンは嘘を付けない人だから」
「だから、そういう事を………って、まぁ、おまえは俺のことなんでも分かってしまうもんなぁ」


自虐気味に笑って、視線をコンクリートに落とすヒョンに少しだけ胸が痛んだ。
そりゃ、わかるだろ。嘘はつけないしつき通せないし、隠し事なんか一切できないのがあんたの良いところだと思ってたし、そんなところが好きだったのだから。
でも、今となっては分かりすぎるのも困ってしまう。
別れを切り出したのはこの人なのに、未だにこんな表情で俺を見るなんて。
……ああもう、本当に分かり易すぎる。


この人はまだ、俺のことが好きなんだ、。

そりゃあお互い納得して別れたはずだったけど、それでも気持ちは残ったままの別れに俺だってだいぶ引きずった。あの頃は何から何までしんどかった。
それでも、ようやく全て過去の事と思えるようになれたのは、あいつがいてくれたおかげだけど。

また少しだけ沈黙が続いて、ヒョンが口を開いた。


「ユンギヤ、」
「はい、」
「今日の夜、空いてるか?」
「…ごめんなさい、ヒョン」
「……あ、いや、俺こそなんか、ごめんな」


だから、そんな顔をしないでほしい。
そんな辛そうな顔。
自分勝手は重々承知だ。だけど好きだったし、良い人だからこそ放って置けないのだ。……この人にもちゃんと前に進んでもらいたい。


「あの、ヒョン…」
「…ユンギ?」
「あ、俺…恋人ができました」


その目は見れなかったが、横でヒョンが息を飲んだのはわかった。


「そいつ、ヒョンと別れてもヒョンのことが好きだった俺のことを受け入れてくれて、ものすごく助けられたんです」
「……」
「だから、俺はそいつのことを裏切れない」
「……そっか、おまえ良い人見つけたんだな」
「はい。…だからヒョンと俺は、もう本当に終わりです」
「……はぁ、俺はいつまで経ってもおまえに甘えてばかりだな。おまえにそうやって言ってもらって良かったよ、ありがとうユンギ」


そう言って、相変わらず笑ってくれるヒョンはやっぱり悲しそうな顔をしていたけれど、それでもさっきまでとは違って少しだけすっきりしたような表情に見えた。



じゃあ俺仕事あるからって先に階段を降りて行ったヒョンを見送って、一息ついた。

……あー、俺、あの人のことちゃんと吹っ切れてる。よかった。

今思い出すと、別れることは予想していたが本当に別れてしまってからは何にも考えられなくて、ただただ適当に日々を過ごしていた気がする。
仕事に支障をきたすことはなかったけれど、私生活に関してはどうやっていたのかあまり思い出せない。
でも、そんな俺をテヒョンは救ってくれた。
真っ暗なところから救い上げてくれた。
だからこそ、こうやってあの人との事をきちんと終わらせられることができたんだ。あいつおかげで。

そう思ったら、なんだか無性にテヒョンに会いたくなってきた。
今すぐテヒョンに会って、あの声で名前を呼ばれて、いつものようにぎゅうと抱きしめてもらいたい。
俺にそんな気持ちがあるなんて、と若干引いたがテヒョンがいつもしてくるスキンシップのせいでこうなってしまったんだから、あいつが悪い。

腕時計を確認してまだ少しだけ時間があるなと判断し、スマホを取り出した。


《今日何時に帰る?》


俺からメッセージを送るなんていつぶりだろうか。
なんて思っていると、速攻既読がついた。
はえーよって思っていたら、


《19時までには帰れるよ!てか今日どこ行ってるんだっけ?俺迎えに行く?》


だって。思わず口角が上がる。
わざわざ来なくていいって送って、もう返ってきているであろう返信はあえて確認せずに画面を落とした。

今日は俺も早く帰ろう。
それで、早くテヒョンに会いたい。





仕事場に戻るとユンギ、どうしたの?って周りから言われて、今日は良い気分なんだって言ってやった。
いやいや、そんな驚いた顔をしないでほしい。
俺だって恋人に会いたくて浮かれる日くらいあるのだから。

宿舎に戻ったらテヒョンにもヒョンどうしたの?って詰め寄られそうだなと想像して、早く帰ってやらないと。と思うのだった。





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