ハスの花 





目の前から紅い血が飛び、
それが頬をかすめる。

倒れゆく者の安否を確認せず


騰はこの好機を逃さまいと敵国大将を討つ。




「騰副官が敵大将首をとったぞ!!!!」




周りの歓声は地を揺らす様に響いていく。




それは戦が終わった事を知らせる合図でもあった。








「すぐに撤退する」
「は!」


王騎軍は重要拠点も取り、敵大将首も取り戦意が無くなる事以上に戦を続ける意味はなくなった。と判断をした騰は馬を翻しソレに背を向け殿の元に戻ろうとする。


だが、
別の気がかりが耳に入ってきた。




「おい、晋!!!なんで無茶すんだよっっ。しっかりしろよ!!!!」
「ッぐは…っ!!!」



彼女は、騰と敵大将との間に入り肩を大きく裂かれ出血が止まらずにいた。更に他の傷も悪化し意識が朦朧としていたので近くにいた男がその出血を抑え、他の者が身体を支える。
周りには彼女、晋を救おうと人が集まってきていた。



一命を取り留めたが…というところか。




「くっそ血がとまらねぇ。っだれか、馬だよっ!!早く持ってこい!!!」




騰には緊迫した空気が伝わってきたが、目を瞑る。
強く握る手綱で馬を翻し足を急がせた。












 清らかな心
離れゆく愛












暖かい日差し、綺麗な青空、何処までも広がる色とりどりの花畑、光り輝く朝露が付く緑葉…

晋はそこを裸足で歩く。
足の裏にはその草花の感触が広がる。





とうとう極楽に来てしまったか。
晋はそう思わずにはいられなかった。溜息と共に肩の力が抜ける。




なんと、

情けない。



落ちた目線を愛用の剣を持つ方の手が受け止めるが、力の無くなってしまった手は、また力無くソレを握りしめる。


すると斬られた肩が痛み出してきた。
だからなのか、同時に斬られた時の情景を思い出す。




「…ッハハ。」

まぁ、きっと救えたのだから良しとしよう。




「起きたのか?」
「!?」


戻ってきた意識は暗い道を通り、目を開けると異常な程明るい光と段々と見覚えのある天井が見えてきた。声は隣から聞こえたモノで、ゆっくりと見ると戦友の双白(そうはく)が立ちあがり驚いた顔で晋を見ていた。



「よぉ。元気だった?」
「……っくそ。てめぇが言うな」


憎らしい口を叩きながら顔を背けた双白を見て晋は嬉しさがこみ上げて目を細める。鼻をすする音が一緒に聞こえたので、さっきの言葉も同様にらしくない彼の行動を隠すためだと分かった。


私にだってそれを聞き流してあげるくらいの余裕と優しさを持ち合わせている。




「4日は寝ていた」
「!…そうか…それは心配掛けた」


どおりで寝てる状態からなかなか身体を起こす事ができないと思った。あと、関節の動きも悪い。
双白は、顔と粗暴な態度に似合わず面倒見がとても良く晋が起きてからすぐに人を呼び、食事を用意し、着替えまで用意してくれていた。



「それにしても、
この土産の数はなんだろうか?」



晋の足元には色とりどりの、大小様々な箱から、
果物。花束。と、たくさんの見舞品が置いてあり驚きを通り越して、呆けてしまう。その中で、一輪だけある私の好きなハスの花を見つめて触りながら、全ての物の状態が良いところを見ると選別し、悪くなった生物は破棄してくれている、ここまで世話を焼いてくれる双白に、思わず晋一人で微笑した。





「男にも女にもモテやがって……」


溜息をつかれながらも、晋は笑みを見せる。


「…それはそうと、
聞きたい事があるのだがーー…?



すると、言葉を遮るかのように、
部屋の扉が開かれた。

音に驚き二人は同時に扉に目線を向ける。



その人物を見て、双白は一度眉間に皺を寄せたのが晋の視界に見えたが直ぐに向きを変え跪いていた。晋もそれに合わせ頭だけ下げる。




「……騰副官、自らこの様な場所に何用でありますでしょうか」



双白のその物言いに晋は苦笑いをしてしまった。
いかにも歓迎していませんよ。と言いたげな彼の正直な言葉を聞いて、こいつは相変わらずだなと心の中で溜息を付く。だが、これが裏表の無いこの男の信頼を寄せられるところでもあるのは確かだ。




「……目を覚ましたのか?」


「はい。つい先刻に目が覚めました。身体が思うように動かない故、この様な格好での挨拶、お許しください」





「……………ああ。」


先ほどよりも近くで聞こえた声に晋は頭を上げると、騰副官は寝台脇にある椅子に腰をかけていた。


「ありがとうございます」



見つめた先の、見つめ返される騰の目に
晋はグッと唾を呑み込んだ。





「容態はどうなんだ」
「はい。医師は、治り始めてはいるがもう少し様子を見て休んでいた方が良いとのことです。」
「そうか。」
「はい」
「身体は動くのか」
「身体を起こすまでは出来る様になりました」
「そうか」
「はい」



「……………」



沈黙が辺りを包む。だが、騰副官が見つめているのは変わらず晋の顔で、見つめ返してはいるがこれ以上はどうすれば良いか判らず騰副官の後ろあたりにいる双白に目で助けを求める。
すると、
それまで睨んでいたその目は晋の視線に気づいたので困った顔を見せると、彼は何を思い立ったのか静かに部屋を出て行ってしまった。


っあの。馬鹿っ!!
きまずいの!!!




閉められた扉に、この部屋の中が沈黙と気まずさでいっぱいになったが晋は一度生唾を飲み込み、意を決して話し始める事にした。



「……っふ、副官はご無事でし…

「何故、間に入った」





「……っ…」


 
意を決して出した言葉はいとも簡単に遮られてしまうと同時に、口を紡がされてしまう。
部屋の中の空気がピンと張り詰める。

それは騰副官が無意識に出している怒り。




「…た、大変申し訳ございません。副官を援護できればと、守れればと咄嗟に動いてしまいました。私ごときのおごりが過ぎました」



許しをいただくために、晋は再び頭を下げる。
だが聞こえたのは騰からの感情の乗らない冷たい声。



「意識不明、大量出血、高熱、吐血」
「……」


「これらが予想できない程に咄嗟だったのか?」


晋の握る手が緊張で汗をかき始める。
淡々とした声、更に重くなる空気に下げた頭を再び上げることが困難になる。



「…………」



沈黙だけで、
恐怖を感じる。









「晋」



「…っ!!…名前を、呼ばないで……ッッ」



晋から絞り出す様に出た声は、
強く強くそれを拒絶した。

その事でさっきとは違う沈黙が辺りを包むが、晋はゆっくりと頭を上げ、騰と目線を合わせる。



「…………」


「…お願い。

決意が揺らぐから、やめて」







何年も前に決めた、

将来のこと。


晋は記憶を辿り始めた。
もう忘れようとしていた事。




「何を決めた」

「……貴方の人生から私が消える事」


「それをする必要があるのか?」
「ええ。」



即答する。なぜなら、
一年や二年守ってきていたわけではない。



晋からしたら長い年月
培い決めた事だった。










晋たちは物心ついた頃から一緒だった。


幼い頃から兄妹の様に育ち苦楽を共にしていた。
そして王騎様に出会うと2人で着いて行く事を決意した。


ただ、晋と騰との力量差はあっという間に開いていき彼はどんどん上へと登っていく。
晋はだんだんと自分の存在が騰の人生の足枷になっているそんな気がしていた。



それが確信となったのは騰が副官になった時。

会う事が殆ど無くなった。
それはそうだろうと晋は感じていた。一般の兵士とは全く違う世界。しかもここは王騎軍だ。



今までの人生が無かったかの様に
晋は騰の名前を呼ぶ事もなくなった。




だから晋は心できめた。
私の人生からも彼との思い出をなくそう。と……





「お互いのためよ」



「それは、晋のためでもあると言うのか」

「…………ええ。そう
それに貴方も、私と関わりたいと思っていないでしょう」






彼が睨んできたのが分かった。





「……では、なぜ今回私を助けようとした」


「………………」






言葉に詰まる。
すると長い溜息がきこえた。




「…私のためを思うなら、戦にでるな。

今回のような判断をされて、こんな大怪我をされるのであれば邪魔なだけだ。」















邪魔。








邪魔………?









「だから…
「……邪魔……か…」




言葉にした事で散々泣いて枯れていた筈の涙が、一滴頬を伝ったので
晋はとっさに頭を下げる。




「……ご、ご迷惑をお掛けして……」



自分でも何故間に入ったかは判らなかった。
ただ晋を重症化させたあの太刀筋は確実に彼の身体に入ると思ったらいたたまれなくなってしまったのだ。


でも彼なら実力でどうにでもなったのだろう…………。



「……申し訳、ありませんでした。

すみませんが、疲れたので…
もう、寝かせてください」




晋は拝礼をする様に
手を合わせ、頭を下げる。

ただ握った手には力が篭る。涙を流さんとする為に力を入れる。


すると、ガタンッと椅子の音と共に騰によって
晋は顔を掴まれ無理やり顔を向かされた。


「……晋…」


いつも冷静な彼が、自分の顔を掴んできた事に驚いた。目は怒っている。が、それよりも溢れ出る涙と言葉は止める事はできなかった





「…………邪魔……なんて、


………言わないで……………」



合わせてた手を解き、騰から涙を流す顔を隠す。





「…っ騰を、守りたかった。
…死ぬ姿を見たくない………


本当は私だって忘れたくない。



でも、必要とされてもなくて
貴方の荷物になって
邪魔な存在であるなら……


私はもう…全てを忘れたい…っ!!」




涙は、何度も何度も落ちた。




「だって………っ!!」












………本当は、どうしようもなく


貴方の隣にいたい。から









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