ハスの花 






ハラハラと悲しみに涙をする晋の姿を
騰は何もせずに見つめていた。




関心がないわけではなく、
驚いていたからだった。





いつからだろうか、
彼女の事になると自分の事が判らなくなり始めたのは………






幼い時の騰は、自分よりも小さな晋を守っていく力が欲しかった。

兄妹というわけではない。戦争で家族を失い偶然出会えた。2人で旅をして行く中でたくさん喧嘩して、たくさん笑ってそれは家族以上の掛け替えの無い存在だった。


王騎軍に入ってからも、
晋へのその気持ちは変わらなかった。

早く彼女を守る力が欲しくて、そして早く位を上げたかった。お互い戦いの中に身を置く事を選んだので
どうにか晋を死地に送り込まず自分の目の届く所に置き、武功を挙げてもなるべく周りから高く評価されぬ様にしたかった。


…だが、それには限界がやってきた。
彼女はとても人望が厚く、面倒見も良く、快活なその人柄から武力関係なく周りからの評価が高かった。



すると、だんだんと周りが疑問を持ち始める。

晋の評価はもっと高くて良い筈だ。と


だが、位を上げる事により私から離れ状況が把握できなくなる事に不安を感じていた。




そして、副官になる日がきた。
良い悪いにしろ贔屓にしている事を悟られてはならないために余計に以前からの関係を見えない様にする事にした。


晋が守れるなら、騰は自分がどう思われていようと、どんな関係になろうと

どうでも良いと感じていた。





だが、それは薄々気づき始めていた。
他人行儀で主従関係でしかない会話に違和感しか抱かない事を。


名前を呼ばれない事を。




それが悲しいと感じる事を。


「晋が…」





「自分の責任で死んだなら、
私は、自分が一生許せない……そうだ。私も同じ事を思っている。」


「?」



「私の前に立ち、重症を負い倒れている姿を見た時、どうしようもない怒りを覚えた」





「……が、それは言い訳だ」


晋の顔から手を離すと、騰は彼女の頬に手を添え涙を拭う。
ゆっくり椅子から腰を上げ、距離を近づける為に寝台に腰をかけ直すと、目の前にある彼女の頭に手を置く。
こうして彼女をなだめてあげるのはいつぶりだったか。そう考えながらゆっくりと頭を撫でると、晋は驚いた顔をして騰をみた。


「!」


「名前を呼ばれ、私の為に晋が現れた時

喜びを感じた。」




「……?」


「私にも、関心が向けられない寂しさという感情があるのだな」





頭が付いていけていない、目の前の彼女は
目を赤くし呆けた顔で私を見ていた。




沈黙が二人の間に入る。
それは先ほどとは違う、優しい何か。




「騰」



長い沈黙を破ったのは
久しぶりに聞いた、心地の良い響き。自然と騰の目は閉じられた。


晋の頭が彼の肩に寄りかかる



「一度名前を呼ばれただけで

揺らぐ決断て、なんだったんだろう」




自分自身を笑う様な、言い方だ。


「私に対する、怒りか」

「!」


晋は頭を離して、騰を見ると
弱く笑った


「………いや、寂しさ…かな。私も寂しかった。王騎様に忠誠を誓って、どんどん離れていってしまう騰に対して、忘れられていく存在。


…こうやって2人で話し合えば良かったのに」
















「また、一緒に話をしてくれる?」


まだまだ弱い笑顔を見せる晋を
抱きしめたのは、騰からで

それは肯定を意味してるのかなと晋は思った。その彼らしい態度にほくそ笑むと、何年ぶりかに抱いた彼の背中に腕を回す。あの時よりもずっと広く逞しくなっている背中。こんなに変わっていたんだと気づく晋は、

また涙が出始めた。




「騰…、また側にいても良い…?」



耳元で聞こえた騰の肯定の言葉を聞いて
安心した晋は、やっと嬉しくて笑顔を取り戻す。と、目線の先に見えたのはお見舞品の中の一輪挿し



ハスの花。








 清らかな心と
離れゆく愛











そういえば、あれは…
小さい頃に大好きだった花。











「やっと、仲直りしたんすか?」

「長い冬が抜けましたね。ココココ…」



タイミングよく入ってきた王騎様と双白に驚きと恥ずかしさとアレで晋は、弁明しながら騰から離れる。


ニヤニヤ顔の双白を、晋が睨みつけていると、



「騰…。本心が聞きたいからと言って
女性に売り言葉はよくありませんよ。」

と王騎様からお叱りを受ける騰がいたので、笑ってしまった。



ただ、それは騰の方がこの関係をどうにかしたいと思っていたという事に繋がるのだけど、晋の腰に今なおある彼の手が、寄せられる様に抱かれている事を考えると、


大切にされていた事に気づかされ、
真っ赤になるぐらい照れてしまった。




「相変わらず、忙しいな」


そんな皮肉が騰の口から聞こえたが、本人を見るとあんまり変わらない表情だけど、


どこか嬉しそうに楽しそうに笑っていた。









おわり。














そこにいたのは、小さい時の私。
一人で泣いていた。


すると、背後から手を差し伸べてくれるのが見えて

その小さな私はその人を見るとすぐに笑顔に変わった。







……スーッと目が覚める。

まだ夜も明けておらず、人が動く気配もない。
こんなに心が晴れて起きられたのは、何年ぶりだろう。目の前の方のお陰、だと思う。


変わらない温もりと、彼の香り。
綺麗な亜麻色の髪を触る。



私はもう一度彼の腕の中に収まり、
胸にしがみ付くと、




大きな手が優しく髪を撫でてくれた。
彼の顔を見ようとした時、





この部屋に来た時には気付かなかったが

広い寝台の先、
一輪挿しにはハスの花が飾られていた。













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