If I never knew you




「………………」


録嗚未さんが立ち上がり隆国さんに何かを発している。ー……何か?


魏との国境間近で、私たちは防衛線を張って何ヶ月も経っていた。

そして、昌平君の判断で数日後には攻め込む事も決まっていた。今夜はその最終確認のため、少し離れた場所にいた干央さん、録嗚未さんも本陣に戻ってきている。



ちなみに、私も昨夜魏軍の中央まで行って早朝にはこちらに戻り、
今は天幕の一番端に座って話を聞いていた。いた?


いや……さっきから何を話しているか全く頭に入ってこない……


一昨日からあまり寝ていないから、か……





「晋!」

「!」



私は誰かに肩を揺すられ、目を開けた。と見覚えのある懐かしい場所だったが
それは私が寝る前にいた場所ではない。


ここは………



「幸村、様……?」

「……顔が青いが、いかがしたか?」



武田陣営の中

そして、


「夢?」


死んだはずの大切な人達がいた。


顎を持ち上げられ、顔をまじまじと見ているのは私にとって、とても大切な方だった人



困った顔、懐かしい声、



思わず伸ばした手が真田幸村の頬を触る。


「!」



触れられる…………



「こんな時に居眠りとは、大物になったものだのぉ、晋」


「親父殿…」



武田信玄の声が陣内に響くと、周りの見知った顔の人々が微笑む。

くのいちさんもいる。

そして、目の前で今なお心配した顔をしている幸村様




「みんな……なんで……生きてる…」

「何を申すか。そなたの方が死にそうな顔をしているぞ」



ニヤッと笑う幸村様に、涙が出そうになったが堪えるように眉間に皺を寄せる。
今すぐ抱き締めたくて幸村様に触れるために身を乗り出そうと思った瞬間に誰かの声が脳裏に響いてきた。



ダメだよ。



その声に振り向くと、くノ一さんが悲しい表情で顔を横に振っていた。



ダメだよ。



何かがスーッと音を立ててきえていく
そうして、空に浮いていた私の手が相手の肌に触れる。




「…………………………騰、様……?」



私が触れたのは、座っている私に高さを合わせた騰様の頬だった。

いつの間にか、現実に戻っていて
周りが静かになっていた。それは、皆が話していなかったというのもあるが

私が目の前の騰様から目を離す事が出来ずにいるからだ。




私は今、いったい何をした?



「…………ッ」



私はこの人の前で何を思った?

何を言葉にした?

今流れた一筋の涙は誰に対するものだ?

夢の中で安堵した自分がいなかったか?




手が小刻みに震える。大きな心臓の音。暑くないのに汗が止まらない。目を離す事ができない。



まるで騰様がそうさせているかの様だ。とても、怖い






「おい、騰!良い加減にしろよ。さっきのはなんだ。ちゃんと説明しろ!」


録嗚未さんのイラついている声で現実に引き戻されると、すべての音が聞こえ出し息も付けないほど時が止まっていた事を思い知らされる。







私は何をしてしまった?




「………あたま、冷やしてくる」



伸ばされた手を払い、立ち上がり
私は天幕を出た。


出る寸前に、後ろで隆国さんのいつもの怒った様な声が聞こえたが、出てすぐに別の場所へ移動したので何を話していたかはまったくわからない。








帰りたいとは、気づいた頃には思っていなかった。



同時に、
会えない寂しさも感じていなかった。




なのに、なんで今更あんな夢を……?


私の心が揺らいだ。




でも、そんな事よりも
一番大事な人を傷つけた事が



何よりも悔しくて、
情けなくて
………………






そうこう考えていたら、
丘上についた。そこは、
騰軍が作業している要塞全体を見下ろせる高さにあり、軍から遠くもなく近過ぎない場所にあった。

音も遮断され、

そして夜になると、真っ暗闇に輝く星々が一望できるところでもあった。

まるで別世界にでもいる様な感覚。






私はその場に腰を下ろして空を見上げる。



「ダメだよ」




あなたの大切な人は誰?

大切なものは何?




そう問いかけて閉じた瞳に映るのは騰様の姿。王騎様やこの軍で出会った人たち


そして、

幸村様や私を育ててきてくれた、懐かしい人々…………………









涙が頬を伝う。



少しでも裏切った、その弱い心が
嫌だ


思い出を、忘れようとしてた
小さな自分が



……………嫌だ。











私は、清酒が入っている瓶と空の杯を丘上まで持ってくると、どこまでも続く夜空に向かい瓶を逆さまにしてソレを飲み始める。



「…………ッハァ」


半分以上飲んだところで、再び座り込み持ってきた杯を丘の先に置きそこへ酒を流し入れる。

それは溢れるまで続け、
程よいところで瓶ごとその杯の隣に置いた。





そして、深く深く頭を下げた。















先ほどの天幕に戻ると、まだ軍議をしていた。録嗚未さんがヤイヤイ言ってる。



「騰様」
「?」


「申し訳ありません。
頭を冷やしてまいりました。

私は変わらず騰様の為に命をかけます」




私は中華に来て初めての拝をし、頭を下げた。




「分かっている」
「!」


頭の上にいつもの大きな手がのる。
わたしはギュッと目を強く、瞑った。
















朝日が刺すように天幕の隙間から入り目を開ける。


私は腕の中から抜け出し衣服を整え
昨夜の丘上へと向かう。






「!」




そこには、杯が2つ置かれ花が添えられていた。




頬を温かいものが伝った。







If I never knew you.







終。






あとがき



ごめんなさい。
私得で書きました。長編夢の主人公の葛藤ですが、いろいろとご想像にお任せ致します。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m


題名は某有名アニメミュージカル映画の本編ではカットされた曲をお借りしました。EDで使われていますが、二人の掛け合いが最高です。


個人的な最後のシーンを書きたくて、この話を書いた様なものですがちょっとモヤモヤしたの書きたかったんです(笑)



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