「ティキ、お願いがあるんだけど」


目の前にちょこんと正座して真剣な表情のイヴに、ティキは思わず口からタバコを落としそうになった。


「…なに、急に改まって」
「ちょっとね、大きい声じゃ言えないんだけど」
「うん」


キョロキョロと辺りを見渡しながら声を潜めて話すイヴに合わせて、ティキは耳を近付ける。
どうせろくなことじゃないんだろうなとティキは思ったが、特に急いでいる用事もないので、よっぽどの事じゃなければ暇潰しにでも付き合おうかと考えた。


「あのさ…ティキの能力で、私の心臓を掴んでくれない?」
「…ん?」


しかしその口から飛び出した言葉の意味がすぐに理解できず、ティキは首を傾げる。

依然として真剣な表情を崩さないイヴを見つめること数秒、彼女の言葉の意味を理解したティキは、今度こそ口にくわえていたタバコを落とした。


「あっつ!?」
「だ、大丈夫?」


何を言ってるんだこいつは、とタバコが落ちてきた部分を擦りながら、ティキは口を開く。


「それ、本気で言ってんの?」
「うん!本気!」
「いやそんな元気よく言われても」
「こんなこと頼めるのはティキしかいないんだって!」
「えぇー…」


お願い!と両手を顔の前で合わせて懇願するイヴの意図が読めず、ティキは戸惑った。
そりゃ、痛みを伴わずに人の心臓を触れるのは自分くらいしかいないのだが、どうしてわざわざそんなことを頼むのか。
そんなぶっ飛んだ要求に、はい分かりましたとでも言うと思ったのだろうか。

ティキには全く理解できなかった。


「あのさ、なんで心臓掴まれたいの?まずそっからなんだけど」
「え?なんでって…心臓掴まれるのって、どんな感覚なのかなって思って?」
「なんで疑問系?」
「掴まれたら、苦しくなるのかなって!それって、気持ちいいのかなーって!」
「…もしかしてイヴってドM?」


引くわーと言うと、イヴは失礼な!と怒った。

誰がどう聞いても引かれる発言に違いないのだが、とティキは思ったが、それを言うことすら面倒で口に出さなかった。


「ティキの能力は、触れたいと思ったものは自由に触れるんでしょ?」
「そうだけど」
「それってさ、私の心臓を触りたいって思われてるってことじゃん」
「…ん、んー…うん…?」
「ティキの意思で心臓触られて、ぎゅってされたらきっと苦しくて気持ちくて興奮する」
「…」


思い付きにも程がある。
頬を赤らめて語るイヴに、まさか家族にこういった特殊な性癖のやつがいたとは…と、ティキは恐怖に身震いした。
シェリルもなかなかの変態っぷりだが、これはそれを上回るもはや変態どころじゃない。

自分より幾分か歳が離れてるし、異性だしで気持ち悪いとは思わないが、それでも異常だと思うし、異常な性癖のそれに承諾することはできなかった。
今回それを許せば、今後きっとさらに悪化することは明白だからだ。


「ごめんイヴ、ちょっと遠慮させて」
「えっ…なんで?」
「大切な家族にそういうことはできないよ」
「……そう…」


もっともらしい理由を付けて断ったが、諦めてもらうにはこう言うしかなかった。
項垂れるイヴを見て、納得してくれたのだと思ったのだが。


「じゃあ、ティキがいいよって言ってくれるまでお願いするね」
「…ねぇ、オレの話聞いてた?」


目をキラキラさせるイヴに、めんどくさいことになったとティキは頭を抱えた。



190323