献盃


命日A※



「お前を好いとるんじゃ」

突然の告白。
急ではあったけれど、目の前の元帥さんがたとえ酔っていらっしゃるとはいえ、言葉を詰まらせずに流暢に喋る様は私を悪戯に安心させてしまう。
しっかりと受ける抱擁が、この25年間分の想いの丈をぶつけてくるようにずしりと重くて。ドキドキするのに、同時に微かな罪悪感も感じずにはいられなかった。

脳裏にちらつく、25年前のあの日夫が最後に「行ってくる」と言って家を出た光景。

「元帥さん……」

「ベル」

「んんっ」

いまだ迷いを振り切れない私の一方で、元帥さんはとうに腹を括ったようにそこから先は流れるように受け入れてしまった。貪り食うような口づけが息苦しくて困るのに、何にも考えられなくなるほうが案外良かったのかもしれない。口内に拡がる酒と葉巻の苦い匂い。

唇から首筋、鎖骨、胸元と辿る彼の厳のような手が弄ってきて同時にもう片方の手で臀部に触れられる。緩やかで、それでいて焦りを隠したいような、じれったさすら感じる触り方が妙に気持ち良かった。

いいの?本当に……。

自問自答を繰り返していても現実が止まる訳じゃない。下着の中に入ってきたその手が胸の頂を掠めて情けない声が漏れてしまう。その様子に少し満足気な元帥さんの顔を見て、かぁっと熱くなる頬を隠したくて両手で制すると。

「まって貴方。ほんとに、25年も……?」

「……いかんのか?」

制された両手に少しむっとした表情。人を想うに何年も何日も時間が関係あるわけではないが、この人は確か25年前の当時も独り身だったはず。流石にあれからずっと身も心も清廉潔白で居続ける訳はないとは思うが、しがない私のような未亡人を想ってたって……。
定期的にこの居酒屋に来てたのも、まさか。

「い、いえ……でも、何だか信じられなくて」

「フン」

今思えば全く好意に気づかなかった自分が恥ずかしくて穴があれば入りたいのだが、制していた両手を振り解かれ下着も取られあられもない姿にされると、今度は元帥さんが徐ろにYシャツを脱ぎ始めた。
私よりはるかに歳上でも筋骨隆々の身体は服の上から容易に想像できたが、加えて見るも耐えない酷い凍傷の痕と桜の入れ墨に圧倒されてしまう。一体生きてる内にどんな戦いをすればこんな傷になるものか。

「凄い、傷………」

「……」

当の本人は口を開けたままの私を横目に、更にベルトのバックルに手をかけて外し始める。一瞬だけ視界に入ってしまった下半身の盛りを直視出来ずに、ふいと目を逸らしたが多分向こうは内心反応を笑ってるわ。
どうしよう、あんなの入る訳……。

不安と期待が入り混じる中、彼も服を脱ぎ終わったのか再度その場に押し倒されて口を塞がれる。素肌同士であられもない姿をくっつければ否が応にも、私も彼も熱が上がっていくのを感じずにはいられなかった。太腿に当たるソレがとても五十路のものとは思えない。

「んぁっ!……ん」

「……」

柔柔と揉まれる胸とは相反して少し強めに喰まれる乳首の、びりっとくる快感が久しぶりすぎて刺激が強すぎた。快感が頭まで伝達するたび、唯一の理性である脳裏にいた夫の事すら、私は薄情にも一瞬忘れてしまうほど。
それくらい、25年は長すぎたのだ。
故人も愛する人も想うにはもう、余りにも長い月日が経っていた。

「や、やだ……そこ」

彼は少し性急すぎるというか、愛情を言葉にしない故か身体でのぶつかり具合が激しい。ついさっき胸の愛撫で気持ちよくなってたのに……。
下腹部のほうに近付いた元帥さんの手が両膝裏を持ち上げようとしたので恥ずかしさで咄嗟に手で制止すると。
先程よりも眉間に深く皺を寄せた彼はご機嫌斜めに此方を睨んでいる。私も負けじとお願い、恥ずかしいからと拒んでも元帥さんは両手の力を緩めてもくれなかった。拡げられるそこに彼の息がかかってしまい、同時にぬるりとした感触が伝わるともう元帥さんのされるがままだった。しかも妙に丁寧に舐められる気がする。

あぁ、もうだめ。
生き恥すぎて死にそう。

酷く情けない顔を隠す私に不満気ながらも、彼は女のそこに顔を埋める事に全く躊躇もしない。

「我慢せえ、今更……初めてじゃありゃせんじゃろ」

「っ……」

ーーー確かにそうですが。
こんな未亡人を捕まえた元帥さん自ら口にしたクセに、何だか拗ねてるような口振りが可愛いくもあり若干妬いてくれてたのがちょっと嬉しくもあり。思った以上に濡れていた水音に聴こえないフリをして、無意味だがせめて触ると案外気持ちいい角刈り頭を押し返す。

「いつから?私の事………あぁっ、ちょっ!…」

「さぁの」

「やっ、いっ………ぅああっ……!」

今にも閉じたい両脚を拡げられて舐められるこの視覚的羞恥と、丁寧に秘芽を舌で転がされ吸い付かれる触覚的快感がせめぎ合う。素直に気持ちいい、と言えば良いのに言えないのは、どこか死んだ夫に悪いと思っているからであろう。よりによって命日にこんなこと。

でもーーーー。

好きだ、と言われて嫌な想いをしないのは
この人がずっと陰ながら私のことも夫のことも気に掛けてくれていたからこそ。

しばらくして態勢を変え再び貪るような口付けをされると、年相応に似合わないほど隆起したそれを彼は濡れたそこに宛てがってきた。

……これは多分だけど、この人は随分しばらくの間女性を抱いていないであろう。多忙を極める今の地位は勿論、大将時代も長かったし自分の欲を発散する間もなかったかもしれない。
五十路にもなる年齢にもなって余裕のよの字も出て来ないほど若い盛りのような抱き方のままなのは、私にとって少し喜ばしい限りであった。
お互い荒い息を交わす中、意を決したように彼は溢す。

「墓場まで持っていくつもりじゃったが、わしも歳じゃのう……あんたを独り占めしとうなった」

「元帥さん……」

墓場まで持っていくつもりだったその想いを、どうしてわざわざ今打ち明けるのか?
ほかほかした頭ではすぐ回らないのだが、何処か嫌な予感がして脳裏に残っていた亡き夫の僅かな残像が霞む。

ーーーまさか。
再び彼を制止しようとしたが、ぐぐっと質も量も並大抵でないものが貫き通されていた。彼はもう、待ってはくれない。

「ねぇ!まって。貴方も、いつかっ……ぅああ!」

「っ…黙っとれ」

「あああぁっ!」

何か掴みたいのに、何もないからとてつもない痛みを堪えるために元帥さんの肩に爪を立ててしまう。
亡き夫と生き別れてから、誰かを受け入れるのはこの人が初めてだった。流石に25年も空けば体が慣れていなくて、強張った身体が異物を押し出そうとする。それでも、解してくれたそこがみしりと徐々にではあるが受け入れようともしていたのだ。

「いっ、たい!……おねがっ、ゆっ……くり…」

「流石に…きついのォ。すまんが、力抜け……」

痛さで涙目になる私に軽いキスを降らせるのは優しい。だが進みに進んだそこから彼は岩のように動かない。力を抜けと言う通りに私が力を抜けば、私の注文通り元帥さんはゆるりと腰を動かし始めたのだった。

確かに、こんな感じだったっけ……?

セックスなんてもう、二度としないと思っていたのに。

「のう」

「?……」

ゆるり、ゆるり。
入口から徐々に拡がっていく感覚が懐かしかった。最初に感じていた痛みもだいぶ慣れてきて、私の悲鳴だった声が和らいできたのを見計らったのか。

元帥さんと視線が合った。
切なげに眉間に皺を寄せながら少し荒い息を吐く彼は扇情的で、私はもう律動になされるがまま。それでも何かを聞こうとしてる事くらいはわかった。



「おいていく、思うたか?」




ーーーその言葉ひとつで、私はこんなにも。
ずっと我慢してきたものが溢れるように、こんなに近くに想う人がいるのに再び喪いそうで怖くて怖くてたまらなかった。

「だって!…っんあっ、あ、もう……もう、嫌なんです……!」

二度と愛する人を喪いたくない。
二度とお別れも言えずに離れたくない。

朝「行ってくる」って言って、もうそれを最後にしないで欲しい。お願い、一人にしないで欲しい。


律動が段々と激しくなっていく元帥さんにぎゅうっとしがみつきながら、私は子どものように泣き喚いた。きっと25年の辛さも哀しみも、これからも癒える事はないのだろう。時が経てばいつかは解決する、なんて誰が言ったのだろうか。

だが、だからこそ人は誰かをまた求める。
元帥さんも夫と同じく海兵だ。たとえ現場に赴く機会が減っても、混沌とするこの世界がどのような末路を辿るかは分からない。もし世界が揺らぎ起こる何かがあれば、元帥であるこの人もいつしか命を落とすかもしれないから。


「っ…忘れろ」

「んぁ、っ!あぁ、やぁぁっ!」

「忘れさせちゃる」



ーーーだから今、この時だけでも。






命日。
(それは誰かを想い、忘れゆく日)

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