献盃


しのびあい@※


大将赤犬×下っ端部下海兵(中尉)
名前変換なし

□□□□□

「おい、どこ行くんだよ中尉。呑み行かねェのか」

「そうだぞー?最近付き合い悪いじゃねぇか、デートでもあんのか?」

鴎の鳴き声が黄昏時に響く頃。
中尉処か大佐だの少将だのの大先輩のお誘いを丁重に断って、海兵たちの大行列でいっぱいの帰路を真逆走して駆け抜ける。引き留められる間もなく颯爽と去る部下を、わざわざ力ずくで止める人間もいなかった。

「ち、違います!……ちょ、ちょっとし忘れた仕事がございまして」

勿論真っ赤な嘘。
しかしそのような嘘をついてでも、おっかない先輩の呑み事を断ってでも彼女が向かいたい先があった。

ーーここは世界のほぼ中心に位置する正義の砦、海軍本部。時は未だ、歴史に残るあのマリンフォード頂上戦争より以前、何万人もの海兵達の中のとある女海兵の話。

「(だれも……いないよね?)」

逆走したその先、この海軍本部正門に向かう大きな道と誰にも見つからないような人一人程の細い路地裏がある。普段は誰も通りやしない路地裏のほうに人の目を盗んで道沿いに通っていき、延々と続く長い石畳の階段を息を切らしながら登る。
当時の海軍本部の構造も相当古いもので、迷路のような道がとある火薬倉庫や中途半端な船着き場に続いていることが多かった。

彼女の行く先もそう。
やっと辿り着いたそこは、今はほとんど使われていない古い図書資料室といったところか。何十年以上も前の海賊や海軍の全てがそこに本として眠っている。しかし言うまでもなく理解するには程遠い難しい歴史をわざわざ読みに来る程馬鹿真面目でもない。
少し息を飲んで、ギィィっと音が鳴る扉を開き、彼女は吸い寄せられるように真っ暗闇の中に身を投じた。怖くなんかない。

むしろ、これから起きる事にドキドキと胸が張り裂けそう。

そこは権力も地位も顔も姿形も必要としない、ただ本能に任せて男と女になれる場所だった。だっていつも、この曜日のこの決まった時刻に誰だか解らない人間と私はいけない逢瀬を重ねるのだから。

「!……いっ」

「……」

ーーきた。
数秒して、何処からきたのかにゅっと伸びてきた大きすぎる2つの手。同時に背後から包まれるように抱き締められてゆっくりとその場に押し倒されると、それが始まりの合図。

古書に囲まれる中、独特な渋い薫りは明らかに私の他にもう一人別の人物がいる紛れもない事実。そしてその人物の素性を私は一切知らなかった。

「わ、そんな急がなくてもっ……んんっ」

「……」

さわ、さわ。
確かめるように体中を性急に這いずり回る手が腰や髪に纏わりつく。視界が頼りにならず、肌を一枚一枚丁寧に塗り潰されてゆく感覚が堪らなく燻らせた。こんなところでこんなふしだらな真似をする自分に、今更ながら背筋からかぁっと火照りが拡がる。
触り心地と体温と匂い、そして小さな息遣いだけを頼りに、妙に厭らしい雰囲気が尚の事滾らせる。

ちゅ、ちゅっ、がぶり。

胸元の海兵服を外されながら耳から首筋へと辿る舌に擽ったくて身震いを覚えると、更には胸を揉まれ次から次へと落ち着く間もない。
見える訳はないのだけれど、この時の為に用意した可愛らしいブラでさえ何の意味もなく、あっという間に隙間から直に揉みし抱かれた。

「ひゃあっ……っん、んん」

ーーここを摘ままれると感じるだろう。

「ダメです。こんな事、ダメですってば……!」

ーー嘘、気持ち良いくせに。

視線も言葉もない世界では、“相手”の大きな手と唇と体温だけがすべてのメッセージだった。その相手は一通り私の胸で楽しむと、太股や臀部を触り出す。

ーーこの“相手”とは。
背丈は随分と高く、私の倍はあるだろう。そして逞しく立派なその筋肉、強靭な肉体といい将校以上は当然。多分、スーツを着用しているあたり准将から中将さんあたりだと以前から推測はしているのだが、一向に答えには辿り着かない。特徴的な事なのか、首元の左肌を丁寧に辿るとざらりとした皮膚の面積が結構あってちょっとビビる。傷痕?かな。
また、あまり頭部を触ろうとすると嫌がる。髪型や顔の造形が分かれば大いにその正体のヒントになるのだが……随分と、この人は短髪のようだ。

「やだっ、そこ……っあ……!」

「……」

誰なんだろう?
どうしてここにいるの?どうして姿形も名前すらも打ち明かさないの?貴方は私を知っているの?何の目的で抱いてるの?

疑問からまた疑問が次々に生まれて来る程不思議な体験である事はわかってる。無謀で、刹那的で、この成り行き任せがいつまで続くかどうかも分からない。それでも、私はこの沼から出る事を拒んでしまうのである。

「あっ……!」

「……っ」

長くて太い指が遠慮もなくずぷりと入ってくると、絡み付く壁を押し退けるように出し入れをされてだらしない声が否が応にも漏れる。だが、この古びた本達に囲まれているせいか暗闇がそうさせるのか、はしたない声を抑える気もせずに本能に任せた。ぴんと立ってた胸の頂を食まれながら、気持ちのよい波に呑まれて良いところを攻められる。

「んんっ、あっ」

ーーーここか?ここが良いのか?

「あっ、あ、あぁっ……だ、!」

明らかに反応が変わったのを見逃さなかったのだろう、しつこく秘部を攻めてきたと思ったら瞬間ぶるぶると体が震えて痙攣を起こしてしまい、目の前が真っ白になってしまった。なし崩れるように腰をおろした私を、相手は優しく後ろから抱き止めてくれたのだった。

「はぁっ……あっ……」

ーーーあぁ。もっと、もっと。

そんな時だった。
不意の第三者の話し声に気付いて相手に咄嗟に口を抑えられて驚いたのは。思わず身を縮みこませる。

「おいおい、まさかこんな処にこの資料ある訳ねェよな?」

ギイッと私が入った入り口とは反対側のドアが開くと、あまり聞き覚えのない男の海兵の声がした。恐らく下っ端の海兵たちなのだろう、どうやら上司から言い渡された資料を捜しにきたらしい。

どうしよう、見つかったら……!

危機一髪とはこの事か。どっどっと動悸が早くなり余りに震える私を後ろから相手が抱き締めてくれるけれども、そもそもこの相手がでかすぎるからいつバレても可笑しくないのに……!
こんな状況であるというのに、後ろの相手は焦ったりも動揺もしていない。ただ静かに息をして鳴りを潜めている。凄い度胸あるな、この人と感心していると。

「さぁな。流石にこんなオンボロ資料室自体は知らねェだろモモンガさん。元帥殿か大将殿なら御存知だろうが」

「下っ端の俺らじゃねぇ……他当たるか」

ーーバタン。

諦めたのか、あっさりと扉を閉めてくれた。
幸い、見つからなかったのは運が良かったとしか言い様がない。しかし助かった。冷や汗が今更垂れて、安堵して脱力し後ろに背中を預けようとすると、そうはさせてくれなかった。
相手も先程の海兵同様、今にも退散しようと立ち上がっていたからだった。

「待ってください……!」

咄嗟に私は、その人の正義のコートであろう裾を引っ張ってしまう。ここで逢瀬を重ねるのはもう数度目なのだが、今しかチャンスはないと思った。今聞かなければ、ずっとこのままかもしれないと思ったから。
コートを引っ張り続ける私に、相手は振り返りもしない。それでも、いい。

「あの、どちら様ですか?」

「!……」

「それを聞くのは野暮?……ですか?」

「……」

しん、と私の声だけが響く。
この際、顔も姿形も見えぬこの暗闇の世界ならば恥ずかしくない。元より相手は私の事をもしかしたら知らぬまま抱いていたのかもしれないし、逆に正体を曝け出す事を躊躇していたのかもしれない。もっと言えば名乗られる程本気ではないのかもしれないけれど。
いずれにしたって、私はもっとこの人を知りたいしこの人とずっと愛を交わしていたいから。
告白するには全くムードもへったくそもないところだけれど、勇気を振り絞って思いきって言ってみた。

ーー人生で初めての愛の告白を。

「私、もっと……貴方が欲しい……です」

「……」

「貴方になら、たくさん……触られたくて。受け止めたくて、愛されたくて……!し、知りたいんですっ!だ、だからっ」

「……」

好きです!付き合ってください……!

勢いに任せて最後まで言おうとしたのに、引っ張っていたコートの裾が突然失くなって宙を浮いた手。念のために確かめて目の前に手を振るも、相手の姿形は跡形もなく。

あぁ、消えちゃった。消えちゃったんだ……!


「……フラれちゃ……った」


誰だか分からない人に告白して、フラれてしまった。
酷な事実を受け入れるのに暫くして、その場で崩れて大泣きした。どうせ暗闇の古びた資料室に来る人間なんてもういない。思いきって涙も声も枯れ果てるまでわんわんと泣き続けた。

顔も名前も姿も知らなくとも、私は好きだった。だからここに通い続けていたのに。
しかし冷静に頭で考えれば、私の何処がいけなかったのかとぐるぐると頭の中で回り続ける。

そりゃそうだよね。おかしいよね。
私みたいな色気もへったくれもない下っ端海兵なんて、本気で相手にされる訳ないか。
所詮遊び程度だったのかもしれないしね。

なんてさ。


□□□□□


次の日。

まるで夢のような、非現実な恋煩いが失った次の日なんて気分は最悪だ。ぼーっとするだけでなく、泣き続けた目の腫れも、脱力感だとか喪失感だとか。つまらない自棄糞も相まって集中力もない。
仕事でも単純なミスからしようと思っても出来ないようなミスまで、朝から帰り際まで迷惑をかけてしまった周囲の人達には呆れた顔をされるばかり。

「あわわわ!す、すすみません!」

「……アホか、お前」

ついにはお茶っ葉をそのまま湯飲みに淹れたまんまで御茶だしする始末。間違えて茶っ葉を口に入れてしまった赤犬さんが噴き出したのを期に、今日はこれしてもう上がれと諦めたように言われる。

「もうええ、中尉。この資料の在処を今日中に調べとれ、急ぎじゃ」

「あ、はい。すみません……珍しいですね、赤犬さんが調べもの急ぐなんて」

普段なら余裕持って下調べするような人であるし、今は比較的繁忙期でもないのに珍しい。そもそもこの人、調べものぐらい自分でする人なのだが。
ぽいっと軽くメモ紙を渡されて、文字を追っているといつの間にかきちんと整理された机の上。赤犬さんも今日は上がられるらしい。

「……わしは暫くしたら出るけェ。ご苦労」

「あ、はい!お疲れ様です!」

すみません、色々とご迷惑おかけしまして。明日からはちゃんと頑張りますって、心の底から平謝りしておいた。


□□□□□


ーーとはいうものの。
赤犬さんから渡されたメモ紙を手掛かりに、資料室に赴いたのだがなかなか見つからない。早く帰れと言われた割には帰すつもりもないんだろうと、心の中で鬼呼ばわりしていると。
そんな私を見かねた先輩が、助け舟を出してくれたので有り難く尋ねてみると、先輩は怪訝そうな顔をしてこう答えてくれた。

「ここの資料室にはなかったんですよね。御存知ありません?赤犬さんから頂いたんです、これ」

「ニハーヴァンドの戦いィ?お前、こりゃあ40年以上も前の資料だよ。あー……お前知ってるか?俺も最近知ったんだけどよ、あっちの倉庫みてェなオンボロ資料室があるだろ?赤犬さんならそこを御存知の上で頼まれたかもだぜ?」

「え。あ、はいわかりました。……って、え……!?」

ーーーまさか。

何処かで聞いたフレーズと、あっちの倉庫と言われて見覚えがあるような書庫を目の当たりにして思わず思考が停止する。
赤犬さんから頂いたメモ紙を落とした私を、心配そうに見た先輩が肩を叩いてくれるのだがそれどころではない。オンボロ?オンボロってあの。

「おい、どうしたんだよ。中尉」

脳裏を過るは昨日のあの時、偶然資料を捜しに通りかかった海兵二人の何気無い仕事の話。確かめるように頭の中でぐるぐると何度もリピートされる。まさか、いやまさか……?

『おいおい、まさかこんな処にある訳ねェよな?』

『さぁな。流石にこんなオンボロ資料室自体は知らねェだろモモンガさん。元帥殿か大将殿ぐらいなら御存知だろうが』

『下っ端の俺らじゃねぇ……他当たるか』


しのびあい。
(そこは愛を偲ぶ場所)

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