献盃


しのびあいA



名前変換なし(中尉呼び)

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眠り疲れたようなオンボロ資料室には、数十年前から更に以前の海軍機密事項が長年溜まっているらしい。そこは古参である上層部ぐらいしか赴く事はなく、下っ端が入る事はまずない場所。

先輩にお目当ての書物はここだと促されたそのオンボロ資料室は、他でもない私が外から幾度となく忍び込み、顔も名前も分からぬ人と何度も逢瀬を重ねた資料室で…。

しかもつい昨日、そこで名もなき御方に告白してフラれたっていう。

これは一体何の偶然か、とにかく赤犬さんが示したメモ紙の書物を探すべくオンボロ資料室のドア前まで来ると、既に先客がいたのか鈍い光をした蛍光灯が灯してあった。

「し、失礼します…」

この部屋に灯りがある時に、また正面から入るのは初めてだった。そろりと入ると、棚と棚の間からちらりと見えた海帽と特徴的な紅のスーツで驚いてしまう。まさかメモ紙の書物を揃えろと頼んできた張本人がいらっしゃるとは。

「あ、赤犬さん……!」

「おう。なんじゃ」

既に何冊か脇に抱えとある1冊を拡げていた赤犬さん。しれっと視線だけ此方を見て答える。えぇ、この人自らこのオンボロ資料室に来れる暇があるならメモ紙の書物も探せるんじゃ……?

「な、何じゃって。てっきり仕事上がられたかと……び、びっくりしましたよ」

とはいえ仕事は一応仕事。もしかしたら普段入らないような資料室だからこそ人手がいったのかもしれない。

「仕事を上がるとは一言も言うとりゃせんが。ほいで、さっき頼んだ書物は見つかったんか?」

「あ、はいぃ!ただいま!」

やっぱり人手が足りなかったんだろう。
メモ紙に書かれた書物はまだ見つけられていないようだし、私が来た甲斐もあったと言うことだ。

年代で分かれ、アルファベット順に綺麗に並べられていたが所々前後が逆になっていたり埃が被りすぎて見えづらかったりと普段の資料室とは比べ物にならないくらい勝手が悪い。メモ帳に書かれた通り該当しそうな棚付近を見つけるも、目当ての書物とは全く関係ない書物が並んでおり、これは確かに時間がかかりそうだ。

埃をはたき棚から本を取る音、本のページを捲る音、微かな互いの呼吸をする音。
暫くしんとした資料室の中で探し物に没頭していて、棚を挟んで後ろから急に呼ばれて我に返った。

「中尉、この資料室は初めてか」

「え!……あ、はい…なかなか来ないですし」

咄嗟についた嘘。
まさか、昨日までこんな処で男と逢瀬に耽っていましたとは口が裂けても言えまい。


ーーードクン、ドクン。


大した嘘じゃないのに、初めて赤犬さんに嘘をついている自分に罪悪感がのしかかる。もしこんな処で淫らに情事に耽っていた事がバレたら一瞬でマグマの餌食で殺される始末であっただろう。
案外昨日、逢瀬していたあの方にフラれていて正解だったかもしれない。偶然ばったり会ってしまっていたらと思うと、冷や汗はあぁ止まらん。

無意識に奥にある裏口のドアに視線がいってしまう。普段の私はおそらく、そのドアから入って暗闇の中で情事に耽っていたんだろう。あぁ、早く書物を見つけてこの資料室から一刻も早く出たい……!

「……ほうかい。その割にゃあ、随分と裏口が気になるようじゃのォ?」

「い、いえ!入口ってひとつじゃないんだなぁって。そ、それに、例の書物はそちらの方にあるみたいで」

何で視線がわかる!?何処に目があるの?この人………!
後ろを向いているはずなのに私の視線が何処を見つめているか分かる事にビビって声が上擦ってしまう。
平常心、平常心だ。早く、書物取らなきゃ。

目的の書物は未だ見つからない。あと探してない場所は、私の背丈でも届かない上の方と裏口ドア付近の棚。裏口ドアに向かうには赤犬さんと向かわないといけないから(埃も被るし)、まずは上の方の棚を探すとしよう。

「(上だわ…)脚立を」

「……」

部屋の端に丁寧に折り畳まれた古びた脚立を取り、戻って脚立を立てて登ると、メモ帳に書かれていた書物と近いワードが見受けられる。アタリだ、多分この近くにあるかもしれない。

「……」

若干埃が舞うのは致し方ないのだが、脚立の上では不安定で丁寧に本の埃を払うまで出来なかった。1つ1つ本のタイトルを追っていくとお目当てのタイトルをやっと見つける事ができた。


「あ、ありました!赤犬さ……」


書物を探すのに没頭していて、いつの間にか真後ろに当の本人が移動されていた事に気づかなかった。脚立のお陰で珍しくその厳ついご尊顔と対面し、目当ての書物を渡そうと手を伸ばした処で思考が停止する。

鼻腔に擽る、覚えのある渋い薫り。

左半身のざらりとした皮膚の面積、頑なに頭部を触らせない潔癖さ。


ーーーまさか。


「フ、答え合わせは済んだかィ」

「え……い、いや、あの…!その!えっ、ええええ!!」

当のご本人はやっと気づいたんか、遅いとしれっと書物を受け取りながら文句を言う。一方で私は事実を受け入れるのがやっとのこと、背筋からかぁぁっと熱いモノが込み上げる上に昨日までのあれやこれやが全て正体が赤犬さんだったと気付いて、口を金魚のようにパクパクさせるしかない。

穴があったら入りたい。え、じゃあ私、この人とあんな事してた上に告白してたの………!?
 
『私、もっと……貴方が欲しい……です』

『貴方になら、たくさん……触られたくて。受け止めたくて、愛されたくて……!し、知りたいんですっ!だ、だからっ』

一言一句忘れるはずのない愛の告白を頭の中で反芻するだけで爆発しそうだ。いや、暗闇の中相手が誰と分からないで告白したのは私自身ではあるのだが、自分の上司…それも赤犬さんだとは夢にも思うまい。


「昨日お前が言うた事、前言撤回するか?」

「〜〜っ!え、え!いや、そのっ……」


もう整理がつかない。お手上げだ。
あたふたと羞恥心で顔を隠す私とは対照的に、表情は分からなかったが相手は取り乱す訳でもなく随分と落ち着いた声であった。
前言撤回?前言撤回って昨日の私の告白の事よね?

言葉に詰まり何か言わねばと口を開こうとしたものの、赤犬さんは軽く溜め息を吐いてその場から離れていった。ただ一言だけ残していって。


「撤回せんのならぁ、後でウチに来(き)い。するなら来んでええ」

「あ………」



しのびあい。
(通じたのにどこか切ない)

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