献盃


しのびあいB




相変わらず名前変換なし。中尉呼び。


□□□□□


「なんだァサカズキ。えらく不機嫌だねェ」

「別になんもありゃあせん。すまんがわしは帰る」

「オォ?……呑まないのかァ〜い?」


今晩はボルサリーノと一杯交わすつもりであったが、断りを入れた。こんな日は帰宅して縁側で1人で安酒を掻っ払うが限る。
大将の地位につけば自ずと多忙ゆえに本部から帰宅する事も稀であった。第一、本部からは辺鄙な場所に家があるため、大将室で仮眠を取るほうが効率的でもあったし特段誰もいない家に帰宅する理由もなかった。だが本部の人間と顔も合わせたくもない時は、ここ以外場所がない。

久し振りに着流しに袖を通し、安酒を猪口に注いで縁側にごろりと横になった。早く悪酔いすればいいが、生憎下戸ではない。

どうせあの中尉は来やしない。いや、だったらわざわざ帰宅する必要もないだろう。何故こうも苛々するのか。


ーーー2か月程前の話だ。


その日は夜も遅く、海賊を討伐しインペルダウンまで護送した後。報告書を上げるにあたって護送した海賊についてとある調べ物があり部下に命令しようとしたのだが、生憎手の空いた部下がおらず自分が調べ物をする嵌めに。
致し方ない、調べ物くらいたまには自分でするか。同僚であるあの青い自由人よりは事務仕事はできるほうだ。と思い、通常よく使われている方の資料室に行ったものの、年代的にこの資料室には記載されていない情報であったのだ。そういえばもっと昔の資料は埃まみれとなったオンボロ資料室のほうだったかもしれない。

『む……』

そのオンボロな資料室に入ると、スイッチを押したものの古びた蛍光灯は光を放つどころかブチっと音を立てて切れよった。この場所は周りは石畳で囲われる為、夜は本当に真っ暗だ。微かな光さえも入って来ない。溜め息が出る。面倒な。

自分の能力なら灯り代わりになるものを点けられるのだが、何せ書物ばかりの資料室ではマグマは諸刃の剣。発火すれば大惨事になりかねない。今日中にできる報告書はさっさと作成したいのに、所々出鼻を挫かれ苛々しながら踵を返そうとしたその時。
ガチャリと裏口のドアが開く。そういえば、確か裏口からも入れたか。

『はぁ……はぁ、もう飲み会……嫌なんだよ、なぁ』

『……』

声と体格からしてすぐに自分の部下の1人であるとある女中尉と分かった。少し遠くから中尉!と呼ばれる声が聞こえる。おおよそ先輩の飲み会から逃げてここに来たのであろう。軟弱なとも思いつつも、酒には向き不向きがあるもんだ。
彼女は取り敢えずは避難する為裏口のドアも静かに閉め、形を顰めていた。どうやら、自分の存在に全く気が付かないらしい。

そうか、このまま探したい調べ物を中尉に任せれば自分も早く上がれるし中尉も無用な飲み会に行かんでも済む。意を決して彼女に近づこうとした。

『?……だ、だれか!い、いるんですか……?』

『………』

すぐに応答すれば良かったのに、どうしてその時は悪戯心が少しばかり芽生えて彼女を驚かせようなどと思ったのだろうか。

目の前にあるはずの人間の顔すら分からない程の暗闇。残念ながら彼女は覇気を使えないが、自分は使える。見聞で彼女がどの位置にいてどの方向を向き、どんな態勢をしているかぐらいはわかる。表情だけは全くわからないが。

『きゃっ……んん!』

『………』

ただ余り叫ばれても困る。
ここまで来たなら弁明はもう無理だ。多少強引ではあるが自ら口を塞いだ。これだけだ。これだけして六式を使ってその場を離れよう。
しかし舌でも切られては致し方ないと思ったが、実際に舌を絡めてみると酒、というより甘いカクテルの味が口内に拡がる。と同時に抵抗してたはずの腕がいともあっさり力無くしてなされるがまま。腑抜けのように此方に寄っかかってきたのだ。


ーーーこいつ、酔っちょるんか。


『んん、ふっ………っは……』

『………っ』

『気持ち……れす……もっ、と』


アホか、無理強いされといてせがむ奴があるか。
これ以上は無粋だと思い、一時気絶させて海兵病院へ連れて行った。大変迷惑そうな顔をした医者が何事ですか、と聞かれたが敢えて無視した。



□□□□□



ただ、嬉しい誤算であったのは2回目以降もあの中尉とやらは暗闇の中に現れたこと。いや、多分自身も忘れられん滾りがあったのだろう。週に一度、討伐遠征が入ってない限り、可能な限りは初めて会ったあの時間、あの場所で満更でもない逢瀬は唯一の愉しみだった。相手は恐らく直属の上司だと気付いてもいない。
しかし、愉しみの沼に嵌りそうになった途中、新兵達に資料室に入られ水を差された事でこれ以上は潮時だと諦める。我ながららしくもない素行を行った。忘れよう、向こうもちょっとした遊びであっただろうと割り切る情を持ち合わせようとしたのだが。

『私、もっと……貴方が欲しい……です』

『貴方になら、たくさん……触られたくて。受け止めたくて、愛されたくて……!し、知りたいんですっ!だ、だからっ』

暗闇の中で相手が誰とも知らずに此方も恥ずかしくなるような告白をしてきた。戯れから始まった関係だが、その一途さと豪胆さが気に入った。得体も知れん相手を好くほど怖いものはない。
何より、女に先に言われてしまったのが癪ではあったが。

日を改めてその告白に応える為回りくどい事はしたが正体を明かしたものの、本人は直属の上司である自分だとは夢にも思わなかったようで心底混乱していた様子。真っ赤な顔を隠して慌てふためいている。あの告白の豪胆さは何処にいった。

『〜〜っ!え、え!いや、そのっ……』

……しかしあれだ。

よくよく考えると年齢が恐らく親子ほど違うだろうし、暗闇の中で不埒な事をした仲とはいえ理想のタイプの男とは大きくかけ離れていたのかもしれない。女にはよく怖がられる性分だ。これは正体を明かさなかった方が吉だったのか……?
考えれば考えるほど場違いかもしれん自分が嫌になってしまい、思わず溜め息をついてしまっていた。そういえばこういう色恋沙汰で上手くいった事は一度もない。徹底的に追い求めても相手がそうでなければただの空回り者でしかない。

『撤回せんのならぁ、後でウチに来(き)い。するなら来んでええ』

今テンパって混乱する中尉をそのまま押し倒した処で何も得まい。あの告白を既にないものと思いたいなら来なくていい、だが万が一有効であるならウチに来い、と。

「来るわけなかろうが………アホかィ」

安酒が身に染みる。
少し現抜かした最近の自分に反省しろと内心叱咤する。暫くは討伐遠征に出っ放しにしておいて貰えるよう、センゴク元帥に頼むとするか。あんな若いのに相手にされると自惚れた自分が恥ずかしい。
自嘲しながら呑む酒は本当に不味い、しかしこれも自分への罰だ。

「………」

ふと戯れに耽っていたあの感触、匂い、息の使い。酔えば酔うほど思い出しては頭から振り切ろうとする。煩悩に惑わされるようじゃ海軍大将なんぞ務まらんというのに。

それからどれくらい時間が経ったか。自棄酒らしく徳利に更に足りなくなった酒を注ぐと、不意に玄関のチャイムが鳴った。
……期待はしていない、どうせボルサリーノだろうと怠い身体に鞭を打ち玄関前まで来ると。自分と同じ丈の背ではない、つい先程別れた中尉が意を決した顔をして現れた。


「お邪魔します、赤犬さん」


ーーーまさか本当に来るとは。
何故そこには豪胆さが出るのか。呆気に取られてもう何回目のお決まり台詞が出てしまった。
 
「……アホか、お前」

「あ、アホじゃないです!此方は大真面目なんですよ!」

いや、まぁその。
嬉しいか嬉しくないかと言えば嬉しくて仕方のないのだが。ぷんぷんと怒ってるのは一体何故かはさておき、中尉は本当に大真面目な顔してここへ来た、と。
緩みそうになる自分の顔を隠すため額に片手を宛てがい、理性を振り絞って最後に一応確認する。

「お前…こんな辺鄙な家に来たっちゅう事は何されても文句は言えんぞ?」

「さ!……されたくて、来てるんです……が」

「………」

「そ、そりゃ最初は吃驚したのは事実ですけど。昨日の私の告白は、ぜ、前言撤回しません!!」


ーーよう言うわ。
きっぱりと前言撤回しないと言った中尉に対しても、今度は自分が正々堂々と告げたらんと男が廃る。その前に、玄関先からは取り敢えず離れるべきだろうと思い中尉を家へ招き入れた。


「来い」


据え膳食わぬは何とやら。
覚悟の上で来たくせに中尉の動きがどこかぎこち無いのがまたおかしい。豪胆なのか臆病なのか、この女はどっちの性格をしているんだか。

始まりは忍び会った古書の棚の間でお互いの顔も分からぬ出会いであったが、戯れから始まる関係も案外悪くないのかもしれない。




しのびあいB
(愛はしのんでからやっと)

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