臍を噛む
現代パロディ、30代のサカズキ。
名前変換なし。
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以前から少し気にはなっていた。
同じ部署ではないが、たまに廊下ですれ違う程度。運よく署内全体の飲み会が開かれ、彼女と話が出来て意気投合。自然な流れを経て身体を交わしあった事後。ゆたりとベッドの上でのピロートークを愉しむ。
「ふふ。私達、相性いいですよね。凄く……気持ちよかった」
「まぁな……」
確かに至福な一時だった。繋がる感触も、可愛いらしい喘ぎも、いい匂いも、身体の凹凸も、何もかもが合致する女など初めてだった。
「これ、私の連絡先です。したくなったらいつでもどうぞ♡」
「?……」
ちょっとまて。これから“付き合ってくれ”と言おうとしたのに変な流れで戸惑ってしまう。しかしにこりと笑いながら連絡先が書かれた切れ端を貰い、次々と言葉を落としていく彼女に圧倒されてしまっていた。
「あ。私、彼氏はいないんで浮気云々の心配はないですよ?あなたにも彼女作らないで欲しいとか望みませんし。あ、流石に既婚者だったらちゃんと教えてくださいね?」
「いや、独り身だが」
既婚者では流石にないと伝える。
すると、ふふと笑う彼女。情けなくもその表情にまた惚れてしまっていた。
「じゃあお互いこういう関係でいきましょ♡サカズキさん」
彼女自ら軽い関係を望んでいるのに、ここで本気だと言ってしまうと引かれてしまうかもしれん。と正直に告白しなかった。この時の俺はたぶん、それに甘えていたのだと思う。
ただ、そこには愛は成立しない事を見て見ぬふりしてしまっていた。
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その関係も半年が経った頃だった。
ここ数週間、土日に会おうと連絡しても仕事や用事などで体よく断られてしまう。他に男でも出来たのかと思い、ただ単にカフェで会うだけだと言えば、それなら会いますと言われる。
既に嫌な予感しかしないが、待ち合わせのカフェに着き、早速アイスコーヒーを頼んだ彼女に話してみる。
「最近忙しいんか?」
「え?あ、まぁ。最近土日は婚活してて」
「は?」
“婚活”というワードを聞いて思考停止する。
そして最近会ってくれない理由にやっと納得する。
「ギリ20代だからお見合いは組めるんですけど、なかなかいい人いませんよね〜結婚相談所って」
「結婚、相談所……?」
「あ、知りません?婚活パーティーとか街コンとかよりもガチのやつですよ。入会費が高いけど、結婚考えてる男性としか出会わないので効率いいんです」
初めて“結婚相談所”というワードも聞いたので聞き返せば、要は昔で言うお見合いの仲人を一般企業がやってくれると。
結婚相談所に登録されてる男女は勿論結婚を考えて入会している人間だけであり、アプリで出会うような遊び感覚の輩も一切いない。また、戸籍証明や収入証明もきちんと提出しなければならないので、婚歴詐称や年収詐称の心配もないらしい。
「……ほう?で、なして急に結婚を考え始めたんじゃ?親にでもせっつかれたんか?」
何の前触れもなく結婚を急いでいると言うので、何か心境の変化でもあったのかと思い、平然と問うものの、内心は焦りでいっぱいだ。
当の本人は呑気にアイスコーヒーを飲んでいるが。
「え?だってもう私27ですし。そろそろ本腰入れて30までに結婚出産しないと行き遅れちゃうじゃないですか?なのでサカズキさんも、身体だけの関係はまたご自分で見つけてくださいね〜」
「……」
なるほど。
人並みに結婚や出産はしておきたいので俺とのふしだらな関係は切りたいと。いや、別に彼女の年齢なら自然な話だろうし、出産を考えるのなら妥当な処だとは思うのだが。
何だか癪に障る。彼女の将来の構想には一切俺と結婚したいとは微塵も考えなかったのかと。まぁ、身体だけの関係だ。そう思われても当然なのだが、本当に腹が立つ。
いや。本当はあの時、彼女と面と向かって付き合ってくれと言えなかったチンケな自分に腹が立っているのだろう。後回しにしたツケだ。別に彼女は何にも悪くないというのに。
易易と他の男のものになるのも気に食わぬ醜い嫉妬。此方だって今までなあなあな関係に甘んじていたくせに、離れようとすると一丁前に焦り出すなどみっともないが。
分かった。ならばもう、口説くしかない。
「……希望条件は何じゃ」
「え?希望?」
「年収やら身長やら色々あるじゃろ。一応聞いとくわい」
婚活というからには、何か希望条件があって活動しているのだろう。流石にえらく高望みされたら此方も手も足も出ないが、聞いてみないとまずはわからない。
「えー、うーん。そうですねぇ、年収も身長も私より高ければそれで……まぁ、一番は冷静になれる人かな」
どんな注文つけてくるかと思いきや、最後の言葉が妙に引っ掛かった。まぁ確かに、冷静に話し合いができるパートナーがいいというのは、結婚においては重要な面ではあろうが。
「冷静?」
ええ。と、心底面倒なんだと言うようなそんな表情で彼女は答える。
「もう恋愛はしたくないんで。愛情もほどほど、価値観の違いもほどほどで、何か。無難に過ごせそうな人かな……浮気も不倫も心配ないような」
要は、恋愛要素はいらないと。
結婚なんてものは恋愛感情がなくても出来るのだから、彼女の希望は案外容易いのではなかろうかとも思うが。年収や身長もそこまで高望みでもない。
ーーーならば。と、意を決して口説いてみた。
「俺は?」
「え?嫌です」
即答。
ここまで女に綺麗さっぱり断られるのは初めてで、その速さに呆気に取られてしまった。
「何が気に食わん」
思わずムッとして聞いてしまった。するとそれすらも、きっぱりと彼女は答える。
「モテそうだから」
マイナス要素ではないはずなのに、一蹴されて何も言えぬ。決してモテるタイプではないと自分が弁明しても、相手はそう思っていないのであろう。
そして同時に、浮つきそうな男が嫌というのは過去にトラウマでもあったのかと思い、問う。
「……前の男に浮気でもされたんか」
「お。流石刑事さん。だから魅力的な男性はもう懲り懲りなんです。そういう人とは身体だけの方がちょうどよくて」
つまり自分は彼女からは一応魅力的だと思われていたはずなのに、身体だけの関係ならまだしも結婚相手には不向きと見られていたと。
いや、こんな理不尽があってたまるか……!
もう告白してしまえと口を開こうとしたら、既に彼女はバックを手にしてここから去ろうとしていた。
ただ一言、遺していくその言葉を耳にしてしまい、結局また何も伝えられずにその恋は終わってしまった。
「……それに、私。あなたの事を好きになってしまったので」
「……」
「それじゃ」
カランと氷が溶けたアイスコーヒーだけが残る。
結婚生活に恋愛を入れたくないと言うのなら、ここで俺が引き留めるのは野暮なのだろう。溶けていくその氷を見つめつつ、愛用の煙草に火をつけた。
臍(ほぞ)を噛む。
(あの時きちんと告白していれば、実っていたのだろうか)
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