白虎隊

会津(幕末)

要約

 朝廷に反抗する「朝敵」というレッテルを貼られた会津藩の武士たちは、その汚名を晴らすべく新政府軍と戦うことを決意した。
 武士の名誉と、愛する故郷を守るためである。
 その中には、齢16~17才の少年たちから成り立つ「白虎隊」もあった…

什の掟

 会津藩の武士が生涯守らなくてはならない心得、家訓(かきん)のこと。


 一つ、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
 一つ、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
 一つ、嘘を言ってはなりませぬ
 一つ、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
 一つ、弱い者をいじめてはなりませぬ
 一つ、戸外で物を食べてはなりませぬ
 一つ、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ

 ならぬことは、ならぬものです

 会津藩士の家に生まれた男子は、6才になると「什」と呼ばれるグループに入る。
 そのグループは、6〜9才の士族の息子のみ、10人で組織されている。

会津

 陸奥国若松(現、福島県会津若松市)と越後国蒲原群(現、新潟県新潟市)辺りを支配した東北地方の藩。
 会津若松に「鶴ヶ城」を構えていた。



 

更に詳しく


・山本八重子(砲学師範の娘)
・4つの部隊
・会津藩
・松平容保
・何故、朝敵に?
・白虎隊士の生き残り




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