片倉小十郎×明智光秀






白濁が湯に浮かびほんのりと煙を立てる。湯船の縁にこしかけ湯を覗きこめば白濁がゆらりと揺れた。
冷えきった身体を湯に浸し、脳髄まで温めていく。その中に顔を半分だけつけて、ぶくぶくと水泡を楽しんでみるもののやはりそれほど楽しくもなく、風呂の中から木目の数を数えるという至極つまらない作業にきりかえる。
このまま沈めばどこかにいけるのだろうか、なんてくだらない思考だ。
くしゃくしゃと髪を乱しながら虚空をみた、やはりそこには何もなかった。
熱気を帯びた脳ががんがんと警鐘を鳴らし眼前の風景がすー、と遠くなる。視界の端で好き勝手な方を向いた髪が揺れた。
そろそろ潮時だろう、ふらふらとゆれる湯を放り出して適当に頭と身体をふいて適当な着流しを拝借するものの持ち主との体型の差があからさまにあらわれて少し苛立つが、わざわざ他に取り替えるのも面倒な話である。
どうでもいい、と一言呟いてぱたぱたと畳みを鳴らす。音に気付いたらしい服の持ち主がこちらをみて小さく溜息を吐いたが気にしない。
「頭くらいきちんと拭け」
どうやら男は畳みが濡れて痛むのが気に入らなかったらしく、眉間の皺をもちあげて嫌そうな顔をした。きり、と睨み付けると男はもうひとつ溜息をついた。
「拭いてやるからこっちへ来い」
根負けしたらしい男に促されるままに膝の上に座り込み、頭を好き勝手に触らせる。ふわふわと心地良い感触が頭を包み込みゆらゆら揺れる。
あらかた乾いたのか放り出され、先に寝ていろと促されたが素知らぬ顔で壁に背中を預ければ男は呆れたようにためいきをこぼし、元の通り机に向かった。
「溜め息をつくと幸せが逃げますよ」
「誰のせいだ、誰の」
「さあ、貴方の破天荒な主のせいですか?」
「お前だ」
「失礼な方だ」
やれやれ、とひとつ伸びをして畳の凹凸をぼんやり眺めていれば途端に睡魔に襲われる。うつらうつらと瞼が閉じてゆき、視界が徐々に狭まると共に音が遠のいてゆく。
瞼が落ち、黒が世界を包んだ。
暗闇の中からぼんやりと顔が浮かび呪詛の言葉を吐きかける(呪われた子、お前なんて生まれてこなければよかった!)
次第に形作られるのはかつて母と呼んだ女性と幼い自分の形。女が何かを喚きながら泣く。
普段と何も変わらない悪夢だ。
いつものように自らの手にはいつの間にか刃が握られており、その刃で眼前の女を貫けば、嫌らしい笑みを浮かべて女は消えた。
身体中が女の流した血でべたべたと濡れ、不快感を感じるものの、いくら拭おうとも落ちない女の血液は尚も汚らしくへばり付き、離れない。嫌悪感に顔を歪めてみるものの夢の中では大した意味もなさない。
そうしているとどこからともなく手首が現れこちらへこい、とでも言うように暗闇を先へ先へと突き進む。
半ば仕方なしについて行くのも毎日とは言わぬものの比較的頻繁に繰り返される夢と変わらない。
そうしていつもの予定調和なお話は突如崩される暗闇によって崩壊する。
はるか上から降り注ぐ灯りはいつだって目に痛く、その中から伸びる手を掴めないまま闇に沈む、はずだった。
彼方から伸びる手に腕を掴まれて引き摺りあげられる(あそこは嫌だ、あそこは眩しすぎる)
突き刺さるような光の雨に耐えきれずに瞼を伏せた。それでも尚瞼の下でぱちぱちとはぜる光の滴にくらくらする。
ふと瞼をあければはぜる光は行灯のそれで腕をつかむその手は紛れもなく小十郎と呼ばれる男のものだった。
「貴方、ですか。私をあそこから引き上げたのは」
「光秀?」
何の言葉も聞きたくなくて両手で耳を塞いだ。膝を抱えて身を縮める。悪夢の後の癖のようなものだ。
「ここは…痛い。何もかもが私を責め立てる(お前なんて必要ないんだ、と)」
「誰もお前を責めてなんてないし誰がお前を責めたとしても俺はお前を責めない」
ゆっくりと幼子に語りかけるように紡がれる言葉、その心地良さに落とされる。
闇さえあれば生きてゆけたというのに、何もかもこの男のせいだ。




私は生まれて初めて光を、望んだ







.