男と女/学生
女はそこに寝ていた。死んでいたのかもしれないしあるいは死のうとしている途中だったのかもしれないがそんな事でもないだろう。女には特別それこそ命に関わるような悩みなどないように見受けられるしもし仮定の話としてそんな悩みがあるのなら学校の屋上などと言う場所でゆったりと寝そべっているはずもないだろう。
「あのさぁ、空ってどうして掴めないのかな?切り取る事は簡単なのに掴めない、切り取ったかけらさえ掴めないんだ。」
「…は?」
「写真にしたり詩にしたり絵にしたり、空を切り取る方法なら多数に存在するのに空は掴めない。おかしな話だよね。」
「女、精神科に行った方がいいと思うぞ。」
「男、私には名前があるのだよ。れっきとした『香西 春華(コウザイハルカ)』という名前がね、それで男さんあなたのお名前は?」
「『緑道 一樹(リョクドウカズキ)』だよ、香西春華さん。」
「そうですか、緑道一樹さん。以後お見知りおきを。」
僕たちの出会いは大方こんなものだった。このあとに空について若干哲学染みた事は話したが所詮そんなものだ。ちょうどこのとき僕は彼女の事をなにかの病気を持った(おもに精神のほうで)人間だと思ったがあながち外れてもいないようだった、そうして彼女も同様に僕の事をなにかの病気を持った人間の類いか何かだと思ったようだがそれもまたあながち外れてもいないのだ。
というよりは何か特別な処置もないのに校内の仮にも立ち入り禁止地区に該当する場所に自由に出入りできる(しかも授業中に、だ)はずもないのだ。今時の高校生は屋上でサボる事もできないらしい、まったく世の 中も弱くなったものだ。今からこの国にこれから訪れるはずの将来が思いやられる、それなら僕は高校を卒業したらそのまま海外に永住しよう。あいにくとこれから一生遊んでは暮らせないが普通に一生を過ごせるだけの金もあるのだ、あるものは使え。ということでそれを使って海外にいこう。広過ぎはしないがかといって狭くもない僕基準の家を買ってそこでのんびり余生を送るとしよう。
「そういえば、さ 一樹くんは何年生?」
「四年生。」
「ふーん、そう 私は一年生。いちくみだよ、よろしくね。」
「あいにくと僕も一年一組だ、よろしく。」
「うん?四年生じゃないのかな?」
「そんな学年が存在してたまるか。おあいにくさま、これでも保健室登校なりに首席なんだよ。」
「ふー んじゃあ君だったんだ、例の保健室首席くん。いやーすごいね、一樹くん。」
「ていうかあんな簡単なテストできないほうがおかしいんだよ。」
「そうだよね、あたしも保健室登校にしようかな?教室はレベル低いのばっかだし。もちろん先生も含めてね。」
「自由にすればいいんじゃないの?君の問題だしさ。」
「自由、ねぇ。自由ってなんなのかな?そんなの俺の自由だろ、とか報道の自由だとか自由じゃないからこその自由だとかいろいろ言われるけどさ」
「最後の例を除けばそうだね。」
「うるさい。とにかく自由な事なんてこの世界には存在しないしまた存在しちゃダメだと思うんだよね。だって何にも縛られないなんてこの世界では無理だよ。」
「何かに縛られないから自由ってわけ じゃないと思うよ、あくまで僕の意見だけどね」
「そんな事はないんだよね、それが。自由って事はなにもそれを拘束するものがないって事だから。地球のすべては重力に縛られてるし宇宙のすべては地球の生き物の思考に縛られてる。宇宙に果てはないなんて人間が勝手に決めただけだよ」
「じゃあ君は宇宙に果てがあるって言いたいのかい?」
「あたしは香西春華であって君じゃない。それにそうとはいってない。あるかもしれないしないかもしれない。あったとしてもあたしには関係ないから勝手に存在してくれればいいとは思うよ。」
「そうだね、ちなみに言っておくと宇宙に果てはあるらしいよ、確かどっかの学者が論文をだしてた。本当かどうかは知らないけど」
「それこそいちばんどう でもいいや。それよりも、だ。わたしは一度教室に帰らなければならないのです。なぜならお腹が減ったから。そういうことでまたね。」
「……また?」
「ご縁があったら会いませう。それでは」
それだけ告げると女は、香西春華は去っていった。まったく変わった奴である。人というものは基本的にすぐに変化だとか自分やその他諸々からかけ離れているものから顔を背け、避けて通ると言うのに敢えてそれに触れるとは。何とも不思議な事だった。これは久し振りに楽しいな、会話を交わす価値はありそうだ。よし、とりあえず保健室に帰るとしようか。やる事は山積みだ。
やる事が山積みだ、と確かに僕はそう思ったのだがある事に気付いた。そう、僕は今日紛れもなく教科書と呼ばれる物が詰まっ た鞄を家の玄関に放って来てしまっているのだ。なんて単純なミスなのだろう、死んでしまえ!
しかしだからと言って授業に出るのも嫌なのである。というわけで取りあえずまた屋上に行ってみようかとも考えたのだがそろそろ立ち入り禁止のプレートを押し退けながら女子生徒がお弁当を広げ出す頃合だろう、やめた。この学校に限った事ではないと思うのだが女子と言う者はどうにもおしゃべりがすぎる。どこの国だかの学者の言葉によれば『女子というものはとにかく口を動かすという行為が得意であり男子というものはそれを引き立てるためにいつだって沈黙を守るべきなのである。』ということらしい。別におしゃべりが嫌いな女子もいるであろうし、また絶え間なく喋り続けている男子だっていると思 うが僕は別にその学者が特別嫌いなわけではないのでここらでやめておこう。
だがしかしこの『特別嫌いなわけではない』は嫌いではないが好きでもないのだ、世間一般でいえば普通とやらである。その『普通』だからといってその人物が必死に考えたであろうものを微塵切りにして溝に棄てるような行為はしたくはないのである。僕からすれば否定すると言う事はそれだけのリスク(ここであげるならば溝に棄てることである)を背負わなければならない事であってまた僕は特別好きでもない人間の為にそんな面倒なことはしたくない。
………。
うわぁ、僕どんだけ無駄な事考えてんだよ。いや、とにかく無駄なリスク回避は僕の信条にして心情にして真情だ。こればっかりはまげられないしまげたくない しまげない。に、しても
「もう1時間もたってるよ…」
そうである無駄にして無意味であって不必要な思考の時間は自分でイメージしていたのよりも随分と時間を取っていた。まぁそれに関してはもともと暇を持て余していたのであるからして何か問題があるわけでもないのだが、詰まるところ妄言だ。まったくもって。相変わらず無駄な事をやっている自覚くらいなら、ある。
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