丸が怖い女


ぽつりとどこかから黒い小さな丸が浮かんだ。真白に染め上げたわたしの部屋に、だ。これはいけない。許されてはいけない。私はありとあらゆる手を尽くした。
上から白を重ねたり、一晩中丸を擦り続けたりもした。それでも駄目だった。
これはいけない。私のための、城が、崩れる。駄目だ、止めてくれ、止めてくれ、こんな事が赦されてはいけない

私にはもうどうしようもなかった。わたしにこの丸は潰せない、だからといって名も知らぬような輩をわざわざ家に呼ぶなどとても赦される事ではない。
その丸はどんどん大きくなっていった。初めは10円玉くらいの大きさだった、それが徐々に大きくなっていっていまでは私の手を広げたくらいの大きさだ。直径15cmほどの黒い丸が私の部屋のど真ん中に張り付いているのだ。
私は次第にその丸から目を放す事が怖くなった。
一度目を放してしまえばその丸が私を喰ってしまう気がしたのだ。このままでは徐々に大きくなる丸に喰われてしまう、しかしこの部屋からでるわけにはいかない。この部屋から出れば私は死んでしまう、精神が外界に冒され、身体が腐ってしまう。
どうにもいけない、汚され、腐ってしまうような最後は嫌だ、間違っている。
私はまず瞬きを止めようと思った、丸は私を絶えず狙っていて、それがたとえ一瞬でも丸は容赦なく私を食らおうとするのだ。しかし瞬きをしないと目が乾く、目薬をさそうにもそのためにはまず丸から目を放さねばならない。これでは意味がない。
瞬きは行わねばならない。
私は次に眠る事を止めた。瞬きくらいならなんとかなってもさすがに寝てしまってはいけない。私は元来一度眠ってしまうと少なくとも8時間は何が起ころうとも起きないのだ。8時間、これは丸にとって私一人をたいらげるにしては充分すぎる時間だろう。
もう睡眠というものとは無縁の生活を3日ほど続けてはいるのだがそろそろ丸に喰われてしまってもいいんじゃないかと嫌な気持ちがちらちらとする。何もかもが間違っている。
まず丸がおかしい、本来なら私の人生にこんな黒い丸が登場してはならないのだ。黒い四角なら許されたというのに何故かして丸なのだ。丸はいけない、四角ならいい、立方体ならもっといい。
瞼を開けるその行為が苦痛になる、もっと目を閉じていたい、一層のこと眠ってしまいたい。しかし丸などに喰われてしまいたくはない。


瞼を、閉じた。
瞼を開けることができなかった。こうなると今度は瞼を開ける方が恐くなる。おそらく丸は私をまるで餌を見定めるようにしげしげと眺めているのだろうと考えると身震いした。足からだろうか、腕からだろうか、それとも頭からだろうか、何にせよどうせならひとおもいに殺してからにしてくれた方が嬉しいものだ。痛みを伴う死はごめんだ。

なにかに、喰われる音がした


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