ヤクザパロ/ギロクル
「ちょっと貴方がクルル?」
「にょ?誰?」
呼び止められて足を止めれば見たこともない女達が五人、横に並んでいる。皆一様に派手な服装に派手な化粧、綺麗に彩られた爪が目に痛い。少しだけ考えて、やはり心当たりのない顔触れにちらりと横にいた護衛がわりにとつけられているギロロの部下の顔を見てみれば、心当たりがあるようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「男のくせに、ギロロさんを独り占めするなんてどういうつもり?ギロロさんがお店に来てくれないのは貴方のせいでしょ!」
真ん中にいた見知らぬ女が、心当たりのない理由で責め立てれば周りにいた四人からも賛同の声があがる。別にギロロに対して女のいる店に行くなと言った覚えもないし、行かなければならない事もあるだろうと、理解はしている。いきなり見ず知らずの女からこんな言いがかりをつけられるのはお門違いというものだ。
「アンタ達に魅力が足りねぇからギロロが店に行かないだけじゃねぇの?」
「なっ!何よ!!貴方が女の子のいる店に行くと怒るから行けないって言ってたわよ!!」
断る理由に使われたのはいい迷惑だし、発作的に怒らせてしまったが、言葉の選び方を間違えたのは確かだ。怒りで顔を真っ赤にしながら次々と吐き出される鬱憤に辟易としながら、携帯を取り出す。元々知り合いが多い方ではないので、すぐに見つかったギロロの携帯電話に電話をかけた。
この女達に何を言ったところで、一度怒らせてしまった以上聞く耳を持ってもらえるとは思っていないし、これを綺麗に宥める自信もない。精神的に痛めつけて再起不能にしてしまってもいいなら構わないが、ギロロの部下がわざわざ間に入って宥めているところを見ると、ギロロに敵意を向けている人物ではなさそうだし、考えなしに再起不能にしてしまっては良くない気がする。
4回目のコールで電話にでたギロロが、電話口で今忙しいから後でかけ返すと言っているのを遮って、目の前の女達の胸に突き刺さるように言葉を選んでいく。
「忙しい?知らねぇよ、アンタの事が大好きそうな女が家の前まで迎えに来てるから引き取りに来い」
ちょっと待て、と引き止める声を無視して、電話をかけた時のように一方的に電話を切れば、また目の前の女達が怒り出す。ギロロがきたらこの頭に響く喧しい声もなりを潜めて、可愛らしい猫なで声に変わるのだろうか。
「貴方何ギロロさんのお仕事の邪魔してるのよ!」
「ククー、俺様は関係ねぇから、苦情なら本人に言いな」
「待ちなさい!」
女の細腕だと侮っていれば、驚くほど強い力で腕を掴まれる。煌びやかな原色で彩られた爪の先が皮膚に食い込むが、振り払うことはしない。
「貴方からギロロさんにちゃんと言ってちょうだい」
「ハァ?何をだよ」
早くこの面倒なだけの集まりから解放されたいという願いはまだ暫く叶いそうにない。どこの誰かも分からない女達とのお話し合いよりもコンビニの袋の中で溶け出していそうなアイスの方が心配で仕方ないが、この女達からすれば邪魔者が今から食べようとしているアイスの方がどうでもいいのだろう。
「浮気と女の数は男の甲斐性だから自分のことは気にするなって言ってちょうだい!」
言え、と要求されれば途端に言いたくなくなる。徹夜明けでぼんやりした脳に突き刺さるキンキン声を至近距離で浴びせられているだけでも面倒なのに、私が今言ったことを復唱して、と詰め寄られては抵抗する気も失せるというものだ。
女がたった今言った言葉をそのとおりに復唱すれば、女が満足気に頷いている。ギロロの部下に何とかしろと視線を送るが、腕を掴んでいる女とは別の女に言い負かされているので期待は出来ない。
見覚えのある車が真横に止まり、中からギロロが出てくればさっきまでギャーギャーと騒ぎ立てていた女達が途端に借りて来た猫のように大人しくなる。
「浮気か?」
女に掴まれたままになっていた腕から女の手を引き剥がされて、先程まで女が握っていた部分をギロロにゆっくりとなぞられる。冷房の効いた車内から降りてきたギロロに抱きしめられると、身体にまとわりついていた冷気が身体を伝わって気持ちいいが、冷気はすぐに消えて熱気に変わる。暑い、と一言だけ呟いてギロロの厚い胸を押し返せば身体は離してもらえたが、腕は掴まれたままだ。
「アンタの浮気相手希望者だろ、よりどりみどりじゃねぇか。俺に家から出ていって欲しくなったらいつでも言ってくれていいぜぇ」
「俺はクルルだけでいい」
「浮気と女の数は男の甲斐性だから自分のことは気にするなって言ってちょうだい!だとさ」
「何の話だ?」
先程女に復唱までさせられた言葉を思い出しながら、わざと出せる限り高い声で吐き出す。自分の声真似をされていると気がついたらしい女が耳を赤くしながら、もの凄い形相でこちらを睨んでくるあの顔こそギロロに見てもらいたいが、ギロロの視線は残念なことに女には向いていない。
「そう言えって頼まれたんだよ、暇じゃねぇからもう帰る」
自宅へと足を向ければ、今度はギロロに引き止められる。ギロロに後ろから抱きしめられる形で捕まりながら、コンビニの袋の中を覗けば、カップからバニラアイスが溶けて袋の中に広がっている。袋の中の地獄のような光景を見なかった事にして、片手でギロロの部下を呼びつけ、袋ごとやる、と押し付けた。溶けたアイスを食べる趣味はない。
いつもは誰かに物をあげる度に何かと口うるさいギロロも、一緒に中身を確認したのか珍しく何も言わない。
「誰に頼まれた?」
「ギ、ギロロさん最近お店に来てくれないじゃないですか!だからたまには顔を出してもらえたらと思って……」
顔を赤らめながら視線をあちこちへと向けて話す女は、恋する乙女、というような年齢ではないのだろうが、その仕草にはその言葉がぴったりと当てはまる。
「俺に指図するな、クルルにも2度と話しかけるな。嫌なら店を辞めろ、次はない」
冷たく言い捨てたギロロの言葉に傷付いた顔を見せる女に、ほんの少しだけ同情した。
こんな真夏に、アルファルトからの熱で視界の歪むような炎天下の下で引き止められて、アイスが溶けるまで捕まるのは勘弁してもらいたいが、そこまでハッキリと拒絶の言葉を言ってもらいたかったわけでもない。
「んな事言ってねぇで店くらい行ってやれよ」
「俺は店に行くよりもクルルと一緒にいたい」
「アンタがちゃんと自分の店に顔出して従業員をまとめてりゃあ、俺様はこんなとこで、このクソ暑い日にアイスが溶けるまで長話に付き合わされないで済んだんだよ」
「暑いなら車の中に入れ」
車の中よりも家に帰らせろ、という言葉は聞き届けられる事なくアスファルトに沈んだ。ギロロの手によって車の後部座席に押し込められ、その横にギロロが座る。ギロロを訪ねて来た女達はどうする気だ、と声をかけるよりも先にギロロの口から話は終わりだ、帰れと最後通告が吐き出されて、車のドアが閉められた。
「出せ」
「出せ、じゃねぇよ。出掛けるなら俺を降ろしてからにしろ」
「後で降ろしてやる」
「ったく……で、さっきのは?」
「うちの店の女だ、話しかけられても無視しろ」
「無視しろって……店くらい行ってやればいいだろ、可愛い女の子と一緒に酒飲んで好きに鼻の下伸ばしてこいよ」
「行くとクルルが怒るだろうが」
「ハァ?誰がいつ怒ったんだよ」
「店で飲んで帰った日はいつも機嫌が悪いからな、すぐ分かる」
言い切られて言葉に詰まってしまう。確かにギロロが女物の香水の香りをつけて帰ってくるのは面白くない。タバコにキスマーク付きの名刺なんて挟んであった日にはもっと面白くない。面白くはないが、仕方ない事だと分かってもいる。そういう席に同席しなければならない事もあるだろうし、その場に男である自分は必要とされない。
「別に怒ってないっすよ、面白くないだけで」
そうか、と納得したように微笑むギロロの笑みは柔らかく、女と遊ぶのがそんなに楽しくて嬉しいのかと思うとそれはそれで腹立たしいし、そんなに女が好きならいっその事そうやって遊ばせてくれて楽しませる女と付き合えよ、と思うが口にはしない。
後部座席のシートからギロロの膝の間に移されて、暑苦しいと率直な感想を述べればギロロの指示で冷房の温度が下げられる。そういう意味ではなかったのだが、今までにそうじゃないと言ったところで意見が取り入れられた事はないので、これ以上は何も言わない。
「クルル、好きだ」
耳から首にかけて、何度も触れるだけの優しいキスが落とされて、行動の意図が掴めずに放置していれば、首元にキスマークをつけられる。明らかに服で隠れない位置につけられているのが不服でギロロの頭を押しのけようとするが、べろりと肌を舐められて力が抜けた。普段ならすぐに服の中に潜り込んでくる手の平は、腰に回されたまま動くことがない。
「見えるとこに痕つけんなって、いつも言ってんだろ」
「面白くないって事は嫉妬してくれたんだろう」
不思議に思いながらも様子を伺っていれば、耳元で囁かれ、低く掠れた声に身体の中心が震えた。違う、と否定してみたが、自分でも何が違うのかは説明できない。
「すまん、時間切れだ。このまま送らせるから家で待っててくれ、なるべく早く帰る」
電話口で忙しいと言っていたのは嘘ではないらしく、事務所の地下の駐車場ではギロロを待っていたらしい男達が慌てたように走り回っている。車を降りようとするギロロのネクタイを掴んで引き寄せ、頬に唇を寄せた。
「続きは帰ってから、な」
獰猛な肉食獣の顔を覗かせながら笑うギロロの目の前でドアが閉められる。上唇を舐めながらドン、と窓が叩かれギロロが何かを言っているが聞き取れない。窓を開けるよりも早く立ち去ってしまったギロロが何を言っていたのかは分からないが、帰ってきてから聞けばいいだけだ。
どうせ今夜は眠らせてもらえないのだから
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