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いつもどおりの音が響く朝。
少し痛むこめかみを押さえつけてアラームを止め、ラインの通知とツイッターを遡る。
みんな早起きだなぁ……一部は、寝てないだけか。

ドアを開ければ、トーストの焼ける匂いが階下から漂ってきた。テレビの音がするから、お父さんはもう家を出ているらしい。
私は今日ものんびり出勤だ。百貨店勤めなんて、実際そんなに早いわけじゃない。(生鮮エリアの人に聞かれたら怒られるかな)

「おはよ」

TVの音をBGMに声をかけてくるお母さんの声はくぐもっている。冷凍庫から食パンを出しながらぞんざいに応えを返した。NHKから民放に切り替えられたニュースを横目で眺める。政治、スポーツ、凄惨な事故や事件。今日もネタはつきないことで。
ぼんやり眺めていた画面に、ふと、見たことのある名前が躍り出た。

『工藤新一、またも活躍』

誰だよ工藤。探偵?某棋士や某スケーターだけじゃなくて、とうとうこの世は探偵まで現実離れしはじめたのか。ニュースに取り上げられる私立探偵ってなんだよ。

……工藤新一、本名?

パンの焼け具合に気をとられていた私はぎょっとしてTVに視線を戻す。
平面でしかみたことのないはずの顔。さすがに覚えているよ、国民的漫画の主人公の名前。
赤ん坊の頃からそっくりだったのかな?名前負けしない、立派な青年に育って…そんな偶然ってあるんだなぁ…メディアはもっと、名前でもてはやしたら良いのに。少しは改心したってことなの?

「お母さん、今の見た?」

にやにやを隠さずにダイニングに戻った、のだけれど、お母さんは至極真面目な顔のまま。

「怖いニュースばっかりだったわね。工藤新一一人だって、身が持たないでしょうにね」

そこの心配かい!!!
思わず突っ込みそうになったけど、どうやら様子がおかしそうだ。この人、漫画読まない人だったけれど。昔は映画だって一緒に行ったこともあるはずだ。

私が母親の記憶力にドン引きしていると聞き慣れたお料理コーナーのBGMが耳に入ってきた。そろそろ、出かける準備をしなければまずい。
トーストを押し込んで、サッと支度をして家を出る。今日はお母さんは遅番。いってらっしゃいの声を愛用の帽子に受けながら乗ったバスの行き先に、見慣れない停留所が増えていることには、気付かなかった。