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私の知っているおじさんよりも”おっかなく”見えていた人は、きちんとご挨拶するととても穏やかでおおらかで、少しずつかつて触れた世界を思い出す。「頼りになる大人」の象徴たる、阿笠博士。
手を引かれてやってきた先で、さっきよりずっと手になじむマグカップから淹れたてのコーヒーをすすった。

「不思議なこともあるもんじゃのう。それもたてつづけときたもんじゃ」
「お気持ちは大変よくわかります…」

そりゃそうですよ。だってこの人とんでも発明家さん、つまりとんでも理詰めの人だ。理論のもとに、現実に起こりうることくらい、そのへんの人よりよっぽど分別がつく。コナン君が一巻でほくろから毛がどうこう…とか、そんな、証拠らしい証拠がなければそうそう信じられないだろうに、おそらくその件と今回の二人目。ちょっとやそっとのことで驚く、という感覚はちょっと、消えますよね。

「キミは昔からその…正夢、体質というか。そういうものを見とったんじゃろうか」
「そうですね…比較的内容をきちんと覚えてるときは、正夢のことが多かったです。知ってる人も、知らない人も、ほんとにランダムで」
「知らない人もというのは何とも珍妙じゃのう…」

記憶の引出しが、とか、聞きなれない単語がぽつりぽつりと聞こえる。脳器官系はあまり得意でないのだ、あまり真剣に考えこまれると、この人やあの子相手にはボロが出そう。ただでさえ、迷宮無しの名探偵が存在する世界なのだ。

「…まあ、あらゆる不思議な事って起こります。今の科学だけで説明のつかないことって、きっとまだまだありますよ…。ところで、ちょっと遅くありません?大丈夫かな…」

呼んでくる、と階段を下りていく音は軽快だったけれど、私が入ってきた時、中央にあるその陰に隠れるようにおさまった人影には気づいていた。哀ちゃんの立場だったら、そりゃ怖い。

「キミは彼女のお姉さん、というわけではないようじゃが…夕べはキミのことを話すと酷く取り乱してのう。どうして従姉なんてわかいやすい嘘をついたんじゃ、まったく…」
「いや、あの…すみません、本当に…。従姉はとっさに口をついて出たんです、そういえばお姉さんがいたんでしたね…」

女の子、それも小さな子がボロボロ泣くのはとりわけ心臓によくないのぉ、と苦笑いする博士。あ、博士、後ろ後ろ。

「ちょっと、そこまでにしてくれる?」
「っおい!」
「あら、あなたが信じたんでしょう?」

飾り気のないスリッパで、大した足音も立てずに現れた、見覚えのあるウェーブの茶髪。昨日は見ることのできなかった大きな、少し赤っぽい瞳がこんにちは。ずっと眠っていたのもあるけれど、実際に対面すると意志の強そうな目だ。

「…はじめまして、昨日は、拾ってくれてありがとう。おかげであったかいおうちとミルクにありつけたわ?あなた、何のつもりなの」

ついでに、敵意も剥きだし。