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昨日を越えれば今日はチーフのやや冷えた目に晒され、今日は親戚さん大丈夫なの、などと威嚇されながら、少し胃を痛めた程度で非日常は緩やかに衰退する。
米花町駅でわざわざ途中下車することもないので、通勤や帰宅途中に何かが起こるわけでも無い。もっと電車が止まったり頻繁にするものかと思ったけれど、我々の住まうこの日本という国の公共交通機関は、多少地形がかわったところで変わらないらしい。今日もラッシュ終わりは3分間隔で滞りなく運行している。
朝のニュースで見慣れないはずの地名を見るたび、思い出す。あの日見た工藤新一。気付かずにいたなら、なにも変わらず過ごしただろうに。

今日は久しぶりの母娘そろっての休みだ。買い物にでも行こうか、なんて楽しそうに笑っていた母だが、さすがに疲れが出るのか休日は昼前まで寝ているのが常だった。遅めの朝ごはんに目玉焼きとベーコンを焼きながら氷のグラスに濃いめの紅茶を注ぎ込めばカラリ、涼し気な音。冷やさずにミルクを入れるにもいいだろう。
固まり始めた裏側を確認して返したら、食パン二枚をトースターにぶち込む。声をかけようか、というところで階段を下りる音が聞こえた。

アラサーに足を突っ込めば、もういつまでも若いつもりの母と変わらず。親子仲がいいねと言われれば良い時で、親子離れできていないなんて言われることもある。でも、うちは趣味も違うから二人で買い物に行く日は非常に有意義な時間なのだ。少なくとも私にとっては。生まれた瞬間からずっと自分のすぐ傍で見てきた母、好き嫌い、似合う似合わない、身内の贔屓目があっても正否は確かだ。そこに、自分と違うジャンルのものを持ってこられるとまったくの新世界。成人して数年ぶりにははと歩いたショッピングモールでの衝撃はすごかった。あれを知らないのはもったいない。
おまけのおいしいご飯も期待しながらすごす休日。今日はちょっとおしゃれなタイ料理の予定だ。パクチーの香りに思いを馳せる。

「お母さん、あれかわいい」
「ああ、桃子好きそうね」

手前のワンピースを手に取れば、母は店の奥の方へ目を向けていた。

「あなたのクローゼットのお呼ばれドレス、おんなじようなのばっかりよね」

たまには違うのを着なさい、と語る目をした母の鉄板は和正装なので、ぐぅの音も出ない。

「私和装似合わないの、知ってるでしょ?」
「似合うように着ないだけじゃない…近いうちに次があるかもしれないでしょ?」

ほら、美和ちゃんもお見合いするっていうし。

「ん?」
「あなた最近連絡もしてくれないって、美和ママが言ってたわよ」

「ああ…美和子か…え、お見合いするの?」

間違いなく美人なのだが何をするにもいちいち男勝りでかっこよくて、最終的に男より女にさんざんモテた幼馴染。並んで歩いていると男女双方からの視線が痛かった…おさな、なじみ…?

「いかにも美和ママのタイプ〜って感じのお相手らしくて、はしゃいでたわ。早く私にもはしゃがせてもらいたいものだけど」

昔からとんと結婚願望見せないのよね、この子は。音だけで聞こえる母の言葉の意味は理解するのに時間がかかった。
自分の脳に、何かの異常があるとしか思えなかった。

幼馴染と認識した女性の名前は佐藤美和子。小さなころから知り合いで、いつだって私を構って”お姉ちゃん”したがった、昔からかわいらしい顔をした勝気な女の子だった。
そんなことを知っているはずがないのに。その隣にいる女の子(わたし)は、TVでとっくに成人済みの彼女を見ていたはずなのに。