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「それで、私お見合いなんて聞いていないのだけれど」

意外とばかりに怒ってるの?とあざとく首をかしげるこの美女は、私の幼馴染みである。警視庁捜査一課の華たる、この佐藤美和子その人である。

「いや、顔が怖いし何より物言いがすごく威圧的なんだけど」
「威圧的にもなるわよ。どこの馬の骨よ」

不思議と顔を前にすればスルスルと言葉は出てきた。記憶、あるいは記録の仕舞われた箱からは、穏やかな連鎖のように感情伴わない出来事ばかりが浮いて消えて、母と買い物をしたあの日の帰り道の記憶の方がいっそ薄っぺらいくらいだった。一ヶ月前の美和子の休みに合わせてランチデートをした、記号的に記憶領域に存在した出来事は、生身を前にして突然リアルさを増して、そのときに話した内容も、その中にお見合いの”お”の字すら含まれていなかったことさえも、不自然なほどの自然さで以て馴染んだ。

「馬の骨…って…。いやね、ふたを開けたら同僚だったのよ?どうこうなるわけないわ!」

ケラケラと振られる整った爪先に気のない返事をしながら、いかにも疑ってます、というジト目を作れば、何を勘違いしたのか、残りの見合い写真あげようか?などと宣った。さすがに声を上げて笑って、”実験”は切り上げ。美和子はこの覚えのない記憶のとおり、よく話す友人。幼馴染み。不思議なことに、私は先日彼女の身に起きた見合いにまつわる出来事も、時を同じくして奮闘していた警部補のことも、大変客観的に存じているのだけれど。
サンドイッチにかぶりつく時の癖、竹を割ったような物言いに反して上品な仕草、喋りながら思考するときに指を置く位置。気持ち悪いぐらい、するりと日常の風景に溶け込んだ。
彼女と遊んだ記憶も、懐いた記憶も、話した記憶さえ自分のものではないと、そう叫んでいるのに、笑った目尻も、追いかけた背中も、ささやかな気遣いすら、ずっとそこにあったと主張して、その日は日が暮れる前に解散した。
プロシュートのサンドイッチは、上手に消化できなかった。