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電車通勤の途中に見慣れない駅があることに気付いたのはあのTVを見たその日。乗降駅は変わりないから、特に問題があるわけではなかったけれど、勤め先に行ったらレジ裏に貼ってある住所がいくつか変わっていた。
帰宅したワイドショーでは再び工藤新一の名前と顔を目にした。
最寄り駅まで行くバスはどうやら、聞いたことのないようであるような”東都市米花町”をかすめるらしく、一つバス停が増えていた。
部屋のゲームや漫画は少しずつタイトルが異なり、気にも留めていなかった娯楽の続きが今更気になって仕方がない。
幼い頃読んでいた記憶のある”この世界”についての漫画は、さすがに売ってしまった記憶があったので、探さなかった。もちろん、仕事帰りに寄った書店でも見かけない。

どうやら異世界トリップとやらをしている、ということはわかるのだけれど、私の周りでは別段何も変わらない。
今日も私が起きるくらいの時間に出勤する父、私を見送ってから家を出る母、職場で会う同僚。乗降駅でよく見かける女子大生まで。日常生活が変わらなかったから、少し油断したのかもしれない。「早上がりしたし、どうせ隣駅だから米花町駅から歩いてみようか」なんて、どうして考えたのだろう。

その日は確かに晴天というわけではなかったけれど、雨予報もなく、とりわけ湿度が高いわけでもなかったから油断したのだ。
私の知らない土地でも衛星マップは正常に機能するし、迷子になったら交番にでも駆け込めばいい。そう思っていたから、まさか込み入った路地で突然雨に降られるなんて。
まだ日が暮れるには早い時間でも周りは薄暗くなって、私はホラーゲームのような住宅街に1人。アイテムは小さな折り畳み傘。
大通りを目指してひたすらスマホとにらめっこしていると、何かにぶつかった。

「うわっ、と、ちょ、」

取り落としそうになったスマホを間一髪、キャッチ。
ホ、と息をついた時、ドサリと音がした。
ずいぶん大きなコートにすっぽり覆われた子供が目の前で倒れている。

「え、まって、まってまって、大丈夫!?」

ごめんね、痛いところない?そう声をかけるが、この子はどうも意識を失ってしまっているようで、そんなに強くぶつかったつもりはないのだが、日頃の行いを悔いた。

とにかくそのままにしておくわけにもいくまいと、抱え上げて大通りの位置を再度確認する。あと二つあるいた角を右に曲がって、しばらくあるけば大通りのはずだ。
交番で保護してもらおう…
そう思って初めて、背に負おうとした子供の顔をみた。

短い思考の1分後、私は当初と正反対の目的で交番の位置を調べていた。

「まず阿笠邸どこよ…」