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なんとなく見覚えのある内装。豪華なソファに大きなTV。いかにも、という居間で出されたコーヒーを手に包み、あーでもない、こーでもない、そう脳内でくり返す。黒い水面はぼんやりと、大して高くもない鼻筋をぼかしている。あ、吹き出物できそう。
おかしいなあ。まさかこの家に上がるつもりはなかったのだけれど、世界の異物として物語に巻き込まれていく、とか、昔よく友人から聞いた気がする。

周りがどんな変革を起こしていようと、現代日本の社会は残酷なもので、今日も明日も私は出勤するもの、として登録されている。例え隣町が歩けば犯罪に当たる町になっていても、だ。世知辛い。
就業真っ只中の私の元に現れた見覚えのある眼鏡の少年は、あろう事か私の袖を思いきり引いた。

「お姉ちゃん、志保ちゃんお熱出しちゃったから呼んできてっておばさんが…!」

ぎゅ、と我慢するような顔に同僚がザワつく。チーフが苦い顔をする。

「あ、あの、」
「お仕事行く準備してるから、僕が来たの!志保ちゃん1人になっちゃう…早くぅ…」

小学一年生の全力で掴まれた腕がブンブン振られる。

「弟…じゃないわね?親戚の子?」

肩に置かれた手は少し強ばっている。そんなようなものです、と返した言葉は返事として間違っていない?俯いた子供の表情はメガネでよく見えない。ああ、キャラクター達はこの少年に翻弄されるわけだ。

2時間の早上がりを言い渡された私。袖を離す気配のない少年は更衣室の外に待たせて、手早く着替えながら窓から逃げられはしないかと見渡す。うーん、でもすぐ捕まるだろう。また明日来られても困るしなあ…。
結局、更衣室の外で待機していた少年に手を引かれて職場を後にする。

「とりあえず、その、逃げたりしないから、袖つかむのやめてもらっていいかな…?」

仕事用とはいえそこそこ気に入りのジャケット、伸ばされたらかなわない。
いかにもしぶしぶ、という様子で手を放してくれた彼に、袖の中身を差し出した。まあ、見た目は少なくとも幼い子供なわけで、良心の痛みもゼロじゃないし。あと実際迷子になられても困る。
きょとん、とした顔で見上げてくる顔をチラ見して、家の最寄の一つ手前で降車した。

「どこに行くか、とか。聞かないんだね」
「うーん…さすがにその質問は無駄だよねぇ…」

聞かないのか、と言われても。何から聞いたらいいのか。向かう先は、恐らく昨日のあの場所だろう。先程熱があると言われていたのはハッタリかどうか。できればハッタリであってほしいけれど。小さな女の子が苦しむのは可哀想だし。

「あの子、具合は大丈夫そう?」
「…さっきお熱って言ったじゃない」
「ああ…そうね。コンビニ寄ってゼリーとか、買っていこうか」
「コンビニぃ?」

便利なものだ。一人暮らしの壮年男性の家なんて大概のものがそろっているとも考え難いので、胡乱げな視線を気にせず24時間営業の店に入る。冷えピタは?もうしてるよ。プリンかゼリー。いや知らねぇよ…。多分市販薬は効かないんだろうなぁ。そう呟いてビタミンドリンクをかごに放り込む。

「市販薬が効かないって、どういうこと?」

いやそんなこと聞かれても。ほかの薬飲んだ後じゃ飲み合わせ怖いじゃない。
…なんてことは言えない。さすがに言えないので、

「うーん…?えっと、そうね…コンビニに入った私への言い訳…とでも思って…」

有耶無耶にした。