ドラゴン狩ろうぜ


「あれ、沖矢さん。剣士なんですね?」
「ええ。桃子さんは白魔道士ですか」

ここ一ヶ月ほど流行っているオンラインゲーム。
自らのアバターと職業を設定し、モンスターを倒して素材を集め、装備やアイテムに錬金する。
よくあるクエスト系アクションゲームだ。これが今、ネット環境を使えるあらゆる世代に人気を博し、懇意にするあの小学生達も例外なく、夢中なのだそうだ。

「桃子さん、ゲームとかされるんですか?」
「そうですねぇ…月並みですが、たしなむ程度に?昴さんは工学部でしたよね。こういうの、得意そうです」
「学部柄確かに好む人は多いかもしれませんが、だからといって全員が全員そう、というわけではありませんよ」

インターネットを介して、という性質上、このゲームをする間はあの博士の家に集まる必要がないのだとかで、今日はみんな自宅からアクセスなのだそう。それなのになぜ今日私がここ…工藤邸にいるか、というと。

「昴さんボクの装備するはぎ取ろうとするから、きちんと見張っておいてね!」

さながら我らのかわいらしい勇者様を特訓する老師役と、その老師の監督官だろうか?

「ちなみに今日哀ちゃんは…」
「灰原はこういうの容赦ねぇから…。使いやすい、って選んだアサシンから色々あって、今じゃパーティーイチの攻撃力を持った竜魔道士だよ…」
「ほう。竜魔道士と言えばかなり上位ジョブだったはずでは?」
「まあ、こういうの強そうではあるよね…」

うんざり、という顔で画面内をうろうろしている勇者様はとにかくこの手のスキルが弱い。現実ではあらゆる困難に、あらゆる境地に立ち向かっていけるというのに。なんでも感覚が追いつかないのが違和感なのだそう。天才型は大変だなぁ…と思ったものだ。

私の白魔道士はまだ駆け出しに毛が生えた程度の装備。本当にゲームはやらないのだが、子供達にねだられてしまえば登録とチュートリアル程度は済ませる。一番簡単なクエスト周回で手に入れられる装備まではクリアして、今日に臨んだ。
沖矢さんの剣士は、おそらく幾度か子供達と遊んでいるだろうことがわかる程度のレベル。
ぴこん、と効果音が鳴って、大型に設定したパーティにログイン通知がくる。『待たせたわね』のチャットの横に表示されたジョブとレベルを見て、少しだけ引いた。小学生すごい。

「初級クエスト程度しかやってないけど、今日は何するんです?私あんまり強いのはちょっと…」
「今日はコナン君の装備のための素材集めだそうです。一人だけランクが足りてないので、フリークエストのための育成も兼ねているようですよ」
「昴さんそれもう少し控えめに言ってあげられませんか」

ふふ、と笑う顔が大変大人げなく見える。この人27歳にしても32歳にしても後ろに”児”とつきそうなときが時折ある。あんなこと言っていたけれど、ゲーム結構好きなんだろう。
ぴこん、再び効果音。

『オーダー作ったわよ』

クエスト開始。

そう強くない敵が少し多めに出てくる、所謂”素材クエ”、4人で行けばそう時間はかからないはずなのだが、今回はコナン君のレベル上げも兼ねているので地味に時間がかかる。そっと援護しながら、自分のレベルもついでに上げていく。
あっちへよろよろ、何もないところに拳を繰り出してみたり、ゲーム音痴は今日も健在だ。哀ちゃんの連れた竜は特に敵のいない隣のエリアに無意味にお散歩に出されたりしている。自由がすぎる。あ、果物もって帰ってきた…。

『そろそろあの子達も来る時間だから江戸川君』
『早く20までレベルあげちゃってちょうだい』

「あの…コナン君、ちょっと交代しようか…?」
「だめ絶対だめ」
「だめですよ桃子さん、彼、このゲームについてはちょっと火がついちゃってるみたいなので」

あの名探偵に火をつけるゲームとかどんなだ。表情が顔に出たのか、そっと耳打ちで教えてくれる。

「なんでも蘭さんが結構打ち込んでるそうで。かっこわるいところは見せられないと息巻いて毛利さんのところではゲームしていないみたいです」

なんだそれ。
完全に見守り体制に入っていると、江戸川勇者がいつの間にか瀕死である。
ぴこん。

『ちょっと失礼しますね』

沖矢さん?
きょとん、としていると隣から腕が伸びてきた。

「ちょ、沖矢さん」
「すいません、ちょっとお借りします」

ちっとも悪いと思っていないような顔で微笑まれても…
私を押しのけた腕がアバターを軽快に動かす。待って、それレベル50の人の手付きですか?本当に?
白魔道士はあれよあれよと近くにいたモンスターを仕留めると、あっさり貯まったゲージを消費して陣を展開する。
えっ今のでゲージ貯まったの?その陣なに?困惑している私の頭をさらっと撫でた左手はもう自分の端末へ戻っている。
いつの間にか隣に立っていた剣士に強化がかかると、窮地の勇者と仲間達はあっという間にキャンプへ帰還していた。

『ちょっと』
『ちょっとあなたねぇ、江戸川くんのランク』
『足りてないじゃない、時間あんまりないのよ』

通知がすごい早さで飛んでくる。哀ちゃんはやいよ。昴さん今何したの。レベル50は嘘でしょ?
最後のだけおそるおそる告げると、笑ってごまかされた。内緒です、でごまかされると思うなよ。何も言い返せないけど。

『ポーション落ちましたから、大丈夫です』
『リーダー補正ボーナスもあったでしょ?』

ぽとん、と剣士のアバターから小瓶がこぼれ落ちる。
向かいからげえ、という声がして、勇者は数回往復した後そのポーションを拾った。
やがてぴこん。

『こなん がレベルアップしました』

竜魔道士様は無言で退室してしまったようで、コナン君が退室するとリーダーのいないパーティーは自動でホームに戻る、という仕組みだ。

『パーティ ドラゴン狩ろうぜ!に招待されました』

開くと、元気のいいチャットが目に入ってくる。

『あ、夏目お姉さん!昴お兄さん!』
『コナン君のレベルありがとうございます!』
『コナンお礼言えよな!』

探偵団の子達。チャット越しでも元気だ。

『うん、二人とも、ありがとう』

ちょっと元気がなさそうな目の前の名探偵。まあ苦手なことなんて、こんなものだ。

『私は何もしてないけどね!』
『僕も何もしてないですよ』

コナンが自力で出来るわけない、なんて言われている。まったくとんだ言われようだ。

『それで、ドラゴン行くの?ちょっと装備そろえてくるね?』

確か、耐火ポーションを倉庫に眠らせていたような気がする。
チャットを見ていると、どうやらもう一人待っているようなので、のんびり倉庫を漁っている。アバターの短髪女性はローブがよく似合って、実は結構お気に入りだ。意味もなく歩かせてもかわいい。
ぴこん

『アムロ が参加しました』

アムロ…安室さん…?

『待ってたぜポアロの兄ちゃん!』

ああ、なんで…あの人ゲームとかするの…
なんとも言えない気持ちになりながらキャンプに戻ると、なんかすごいものが目に入ってきた。
私でも知ってる上位装備。私でも知ってる上位ジョブ。レベル、竜魔道士様を優に超えてきてる。

『…は、廃人さん…?』
『あ、夏目さんですね!ここでははじめまして!』

元気な安室さんだ。

『ちょっと、ログインし直してきますので、2分待っていただいても?』
『は〜い!昴さん、いってらっしゃい!』

きっちり一分半後、戻ってきた…加入した、『シャア』さんはえげつない装備だった。

コレ本当にドラゴンでいいの?もっと上位じゃなくて?



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インターネット、剣、ギャップ
3つのお題で友人とワンライ