少年趣味




「──本当に、大丈夫?」
「大丈夫。千尋は何も心配しなくていいよ」
 それでも千尋の気がかりは胸の中にとどまり続けた。横顔の様子でそれをさとったのだろう。大丈夫だよ、と小さな子をあやすような声音で、かたわらのその人はくりかえした。
 ハクが世話を焼いてくれることは素直にうれしい。見知らぬ世界にあっても孤立無援ではないのだと勇気づけられる。だから千尋はついその親切に甘えてしまいがちだ。
 けれどこの少年は恐ろしい魔女の手先だという。湯屋で従業員たちに見せるあの冷たい表情と、すぐ隣にあるやさしげな微笑とが千尋の中でいまだに結びつかないが、そのどちらもハクの持つ顔であることは確かだった。
 人知れずこうして千尋を手助けすることが、彼にとって都合のよいことであるとは到底思えない。それが千尋には心配でならなかった。
「誰にも見つからない? わたしと一緒にいるせいで、ハクが怒られたりしない?」
「皆眠っているから、誰にも見つかりはしないよ。それに万が一見られたとしても、私は平気だから」
「でも、湯婆婆が……」
「自分の身がそれほどかわいいのなら、はじめから関わることなどしなかったよ。千尋のためなら、私はどんなことでも──」
 ハクは少し首をかしげて千尋の顔を覗きこむようにした。彼の澄んだ瞳の奥に熱意のようなものがきらりとはぜたが、それを見透かすにはまだ千尋はあまりにも幼かった。
「とにかく、私のことは何も心配しなくていい。千尋はご両親と無事にもとの世界へ帰ることだけを考えていて。そうすれば、いつかきっと機会はおとずれるはずだから」
「うん……」
「それとも、千尋。──こうして私と会うのは、いや?」
 まだ浮かない顔の千尋を見て、ハクはどこかさびしげに問いかけた。
 的外れなことをいわれ、ううん、とあわてて千尋は首を振る。
「そんなことない。ただハクが心配だっただけで……」
「ならよかった」
 ハクの伏し目に霧のようにたちこめていた憂いが、瞬時にして晴れる。
 千尋の心もいくぶんか軽くなった。
「ハク、わたし、お仕事頑張るね。そうしたら、また会える?」
 立ち上がりざまに手を差し伸べながら、少年はそっと笑った。
「何度でも」
 


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