うしろ髪


 櫛の通りが悪い。何度梳かしても同じところが引っかかる。よく見れば、細い歯の間でからまっている髪があった。わずかに眉をひそめつつ、かごめは糸がもつれたようになった自分の髪をほどくことに集中しはじめる。
 思えば最後に髪を切ったのはいつだっただろう。その時以来鋏を入れていない。いつのまにか、腰に届くほど伸びてしまっている。
「私、短くしてみようかな」
「……ん?」
「お手入れが楽だし。一度くらいしてみたかったんだ」
 人さし指と中指を鋏に見立て、長い髪をチョキンと切る動作をするのを、犬夜叉は寝床で頬杖ついたままなんとはなしに見つめている。
「でも、こっちの人ってみんなロングなのよね。短くしたら、やっぱり変な目で見られちゃう?」
「どうだかな。女ってのは、やたらと髪にこだわるみてえだが」
 興味のなさげな犬夜叉とは裏腹に、かごめの黒目はきらめいていた。
「犬夜叉は?」
「あ?」
「長いのと短いの、どっちが好き?」
 くだらねえとばかりに鼻を鳴らす彼。両手を頭の後ろに置き、ごろりと仰向けになる。
「好きも何も、髪なんざ、どうせ切ったってすぐ伸びるだろうが」
「そうでもないわよ。長く伸ばすのって、結構時間かかるんだから」
「……そうかあ?」
「あんたたち妖怪とは、体のつくりが違うのよ? 爪も、歯も、髪も、そう簡単に元通りにはならないわ」
 櫛通りがよくなった髪を、鼻歌まじりに梳くかごめ。
 犬夜叉はおもむろに手を伸ばし、その黒髪のひと房に触れた。
 手ざわりを楽しんだり、指にからめたりする。失われるかもしれないと思うと、急に名残惜しく感じられるらしい。
「……やっぱり、長いほうがいい」
「そう?」
「見慣れたかごめが、一番安心する」
 ぼやきながら背中に抱きついてきた。犬がじゃれるように、髪に鼻をうずめている。
「──それに、かごめの匂いがする。短くしちまったらもったいねえ」
「そう? あんたがそう言うなら……」
 腰にまわされた腕に自分の手を添えながら、かごめはそっと目を細めた。



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Boule de Neige