夢 守


 久方ぶりの帰省に浮かれていた。幼心にも新婚夫婦の家に寝床を求めることをはばかる気持ちがなかったわけではないけれど、懐かしい胸にあたたかく抱かれているうちに、はしゃぎ疲れた子狐は、とろとろと心地よい眠りへ誘われてしまった。
 夜半、外から聞こえてくる松虫の鳴き声に目が覚めた。七宝は、自分の脇腹にあやすように手を置いたまま、かすかな寝息を立てているかごめを見上げた。旅の時分が懐かしく思い返されて、甘やかされることに対する恥じらいが霧散していく。
 ふと、後頭部に視線を感じた。首だけひねって振り返ると、とうに火の消えた炉のそばに、頬杖をついて寝そべる犬夜叉の姿が見える。月明りに金の瞳が柔らかく光っていた。
「なんじゃ、起きとったのか」
 し、と彼は人差し指を口元にあてた。普段通りの声で喋ってしまった七宝は、小さな手でぱっと口を覆う。かごめが深い眠りの底にあることが幸いだった。
「──眠らんのか?」
 犬夜叉が首を横へ振った。もう眠ると言っているのか、まだ眠らないと言っているのか、はっきりとしない。
「──昼間だけでは、嫁の顔が見足りんのか?」
 にやにやしながら声を潜める七宝に、口の動きで「うるせえ」と一蹴してくる。七宝はくくくと小さな手のひらに笑い声を押し込めた。
「──かごめの夢の中には、きっとおまえがおるんじゃろうな。夢でもうつつでも、おまえにしっかり守られとる」
 犬夜叉はずいと顔を近づけてきて、ごく小さな声で「やかましい」と言った。頭を小突かれるかもしれないと目を閉じる七宝だったが、犬夜叉の意識は小さな顔の上を通り越し、愛する妻のひたいに口づけることで落ち着いた。
 犬夜叉は七宝ごとかごめを赤い袖に掻き抱いた。そして程なくそのままの体勢で眠りについてしまったので、七宝は夫婦の間にはさまったまま、しばらく心震わす松虫の音色に黙って耳をかたむけていた。


2021.9.19 clap




Boule de Neige