never still
 駐車場があったはずの場所に、いつの間にかアパートが建っていた。学生向け賃貸と見えるそのアパートの駐輪場には、いくつかの自転車が無造作に駐めてある。
「建物ができるまでは、あっという間だね」
 その駐輪場を横目に、ハクは当たり障りのないことを言った。アパートの住人が、スマートフォンをいじりながら自転車の鍵を外しているところだった。今日の天気を語るように無感動な彼の横顔を眺めながら、千尋はふと、頭をよぎった疑問を口にする。
「ねえ。川ができるまでは、どれくらいかかる?」
「川?」
「きっと、気が遠くなるくらいかかるよね。──こんなアパートなんて、すぐに建っちゃうけど」
 いや、と首を振る彼。
 急に立ち止まったかと思うと、千尋の肩をぐいと抱き寄せ、前方不注意の自転車が自分の背中のぎりぎりを通り過ぎていくようにした。
 思わず息をつめる千尋の耳元に、その顔をそよ風のように優しく近づけて、
「──長いようで、あっという間だよ」
 微笑むそのひとは、もはや流れ去った過去への興味を失っていた。千尋の手を強く握りしめ、さあ帰ろう──夕日さす家路を颯爽と踏み出した。



21.01.21

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Boule de Neige