傷 口



 どれほど頑丈な体であろうと、生身の人間である以上、己の限界を知らなければならない。壊れてしまったものは、決して取り返しがつかないのだから。
「──私が教えるべきことは、まだまだたくさんあるようだ」
 腕の中で昏睡する少女を見下ろしながら、式神の主はごく小さな溜息をつく。疲労と安堵の入り混じるその表情。主の首筋から、少女の脇腹から、栓を抜いたように赤黒いものがどくどくと流れ出ている。
「傷の手当てを」
 式神は申し出た。
「いい。おまえは他の人を診ておいで」
 主は少女の脇腹を手のひらでそっと包み込む。気丈にふるまっていても、その肩がかすかに震えているのを式神は見逃さない。
「……この傷に触れられるのは、私だけだから」



2022.2.19

Boule de Neige