pas de trois


 彼女には、二人の恋人がいる。
 そんなことを声を大にして打ち明けることはできないが、まぎれもない事実だった。それを知った誰かから、とんでもない二股娘だと非難されたとしても、仕方がないことだと思っている。
 なぜなら千尋にとって、それは「不可抗力」なのだから。

「──ああ、よかった。このままどっちかが出て行っちゃったら、どうしようって思った」
 数日に及ぶ諍いに決着がつけられたことに、誰よりも千尋が安堵していた。──それは、千尋と恋人のどちらかとの間に勃発した痴話喧嘩ではない。いつもの通り、二人の恋人が、千尋をはさんで意地の張り合いをしていたのだった。
 それも仕方のないことだった。二人の青年は、似て非なるものなのだ。元はひとつの存在だった。それがわけあって二つに分かれてまったく別の人格を持っているのだから、時に互いの主張が食い違うこともあるだろう。けれどどちらかの肩を持つこともできない千尋は、いつもその間で板挟みになってしまう。だからこそなるべく争いのない、平穏な日々を望んでやまないのだった。
「千尋は優しいね。私は、いい加減愛想を尽かされてしまうのではないかと心配してしまったよ」
 彼女が「コハク」と呼ぶ方の恋人は、穏やかな性格で争いを好まない。千尋に対してはそうやって、いつも優しげな微笑みばかり見せている。──そんな彼が、もうひとりの恋人に対してはつい頑なな態度をとってしまうのは、十中八九、性格上の不一致によるものだろう。
「そなたはそうして愛想を振りまけば、千尋が何もかも許してくれると思っているのか。相変わらず考えが甘いな」
 顔かたちは瓜二つなのに、千尋が思わず耳を疑うほど辛辣な物言いをするのが、もう一人の恋人「ハク」だ。氷のように鋭い目つきは、確かにあの湯屋の昇降機の中で千尋が目にしたものだった。
 左側ではコハクが親しげに千尋の手を握り、右側ではハクがそれを咎めるような眼差しで見つめている。ささやかなスキンシップにおいてさえ、二人の意見は相違するらしい。新たな諍いの気配を察知した千尋は、とっさに空いている方の手でハクの手をとった。
「せっかく仲直りしたんだから、今日は喧嘩はやめようよ。ね?」
 何かと対立してばかりの二人だが、千尋のとりなしは鶴の一声だった。ハクは毒気をぬかれたようになって、彼女の手をそっと握り返してくる。
「千尋がそう言うのなら……」
 二つの声が揃うのがおかしくて、千尋はつい声を出して笑ってしまう。間髪入れずに左右から視線が集中した。
「なぜ笑うの?」
「だって。よく喧嘩するのに、声は仲良しなんだもん」
「──それは違う。コハクが私の真似をしたのだ」
「いや。ハクこそ、私の真似をしたんだろう?」
 千尋はまだくすくす笑いながら、二人の青年の手を自分の膝の上で重ねるようにする。
「仲良くしようよ。その方が楽しいよ、きっと」

 二人の恋人は、どちらか一方が千尋を独占することなど不可能であると承知の上で、この奇妙な恋愛関係を続けている。
 三という割り切ることのできない数字である以上、時には些細なきっかけでこじれることもある。──それでも、千尋とは切っても切れない絆で固く結ばれていると信じてやまない二人なので、結局のところいつも最後には、こうして落ち着くべきところに落ち着くのだった。


2022.02.06 clap



Boule de Neige