花の便り

 帰り際に一冊のノートを手渡された。早速開こうとするりんねだったが、彼女にやんわりと制止された。
「今じゃなくて、私がいない時に読んでね」
「それは構わんが……、何のノートなんだ?」
「あとで読んでみればわかるよ」
 心くすぐられるような笑顔だった。
 りんねは律儀にその言葉を守り、クラブ棟の自室へ帰ってからノートを開いてみた。すると、最初のページの数行ほどが彼女の字で埋め尽くされていた。内容はとりとめもない、ごく短い日記のようなものだった。だがりんねの脳裏にはすぐさま、彼女が彼にそのノートを手渡すに至ったきっかけであろう、つい昨日の出来事が思い起こされた。
 それは同級生とのほんの些細なやりとりだった。十文字が、通学路の桜の木が蕾をつけているのを見つけ、彼女に写真を送ったのだという。携帯を持たないりんねはかすかな羨望を覚えた。が、恋敵に面と向かってそれを指摘されると、何となく癪なので素知らぬふりを装ってみせたのだった。
「あっ。こういうの、何て言うんでしたっけ。……交換日記? それとも、文通かな?」
 気が付けば、契約黒猫が無遠慮にノートを覗き込んでいる。りんねは「勝手に見るな」と牽制しつつ、その顔がゆるむのを抑えきれない。
「これは、おれと真宮桜のノートなんだ。おれたち以外の誰にも、見せるわけにはいかない」
 ノートのページの右端に、小さな絵が描いてある。花の蕾のようだった。りんねははたと気付いて、全てのページをパラパラとめくってみた。すると蕾は段々と膨らんでゆき、やがて一輪の花を咲かせた。
 今までで一番早い開花宣言だった。少年は開いたノートに顔を埋め、思う存分笑みをこぼした。