青春走馬灯




「かわいい子には、旅をさせなくちゃ」
 まるで口癖のように、彼の伴侶は言う。それはある人からの受け売りであるらしい。そのことを知った時、犬夜叉は、かつて彼女が旅人であった頃、いつもその背を見送る人がいたことを思わずにはいられなかった。──さすらいの中に生きてきた彼にとって、旅はそれ自体が棲家だった。帰るべき場所を持たないので、迎えも見送りもない。ゆえに彼女を待つ人への理解が及ぶはずもない。彼女があるべき場所へ帰ろうと、何度でもその手を引いて、新たな旅へ連れ出そうとした。振り返ることさえ知らなかった。
 今、彼の視線の先で、小さな背が遠ざかっていく。愛娘にはここに帰り着く場所があるが、いつも長くは留まらぬのを見るに、どうやら旅に生きる性分であるらしい。
 止まらぬ時が、娘を旅へと駆り立てるのだ。
「あの子がいなくなって、寂しくなっちゃった?」
 清く澄んだ妻の目には、誤魔化しが効かない。不変の愛情といくばくかの自責をこめて、彼はその肩をぐっと抱き寄せる。
「それでも、あいつは行くだろうさ。──誰かがそうだったようにな」


2022.5.7


Boule de Neige