躑躅ヶ辻
「──うわっ!」
完全に虚を衝かれた様子で、赤躑躅の中から声を上げるのは、彼女の良人。
「見いつけたっ」
「……か、隠れてたわけじゃねえ」
やわらかな陽光と共に降りそそぐ視線が居た堪れないように、彼はふと顔を背ける。
夫が見つめているのは、いつか親子三人、手を繋ぎながら通った花道。無邪気に弾ける声も、花開くような笑顔も、確かにほんの数歩前にあったもののはずだった。
小さかったあの手は、今日、二人の手を離れていく。
「……あの気障野郎。誰が『義父上』でい。やっぱり、一発殴っとくんだったな」
「もう、またそんなこと言って。──あの子に嫌われても、知らないわよ?」
初夏の息吹に、赤い花の影が揺らめく。ひらりと垂らした袖の中に、いとしい人のささやかな秘密を閉じ込めて、彼女はかすかに瞳をほそめた。
2022.5.9